第37話 『万物両断』
私はいつも、自分に自信を持てなかった。
家にいた頃は上位互換の姉がいて、『魔法少女』になってからも目立った成果は上げられていない。
それどころか一人の少年から家族を奪ってしまった。
私の『魔法』は『影』で、まるで誰かの代わりなんだと言われているような気さえした。
でも、そんな私を信じてくれる人がいる。
迷うな、私。
縛り付けていたものは紬が全て断ち切ってくれた。
だから今は、今だけは――紬のために最後の一滴まで力を振り絞れ……っ!!
「――此処は影の王国。裏返しの世界は真を映す。薄明に落ちろ第二の星。昏き夜は更け、陽は昇り、産み落とされし賛歌を聴け。果てまで伸びよ影法師。影を統べし影の女王——『
それは私にとって初めての『魔法』。
ここから先、紬のための十秒を死守するための制約であり、誓約。
変化はすぐに、目に見える形で現れた。
景色が薄暗い影色に染まっていく。
これは全て私が意のままに操れる影。
空間一帯を影に染め上げるのが『
身体から力が奪われていく感覚が心地いい。
消耗が激しすぎて長時間の使用は不可能だとわかるけど、十秒ならなんとか保たせられるはず。
……違う。
絶対に守り切る。
紬と約束したから。
「私は、紬が信じてくれた私を信じる。だから――」
お願い。
私に見せて欲しい。
あの竜を、絶望を斬る姿を。
ナイフを逆手に握り、たたんっ、と靴音を鳴らす。
それだけで私の意思は世界に反映され、何十本もの影で出来た鎖が竜へと伸びていく。
私自身も竜へ向けて駆け出し、鎖を足場にして的を絞らせないようにしながら接近。
「GRUUUUUUUUUUUU!!!!!!」
竜の前足が鎖を薙ぎ払う。
でも、無駄だ。
何かを生み出すための影が尽きることはない。
壊される傍から再構成し、さらに伸ばした鎖を操ることで竜を拘束する。
一本、また一本と竜の身体に鎖が絡みつく。
抵抗は激しく何本も壊されるけど、こちらの手数は無限。
本体を叩かなければと考えたのか竜の攻撃が私に向くけれど……それも無駄。
だってここは影の国。
『影』を支配する私が、影になれない理由はない。
叩きつけられる寸前、影を伝って別の場所に転移する。
クーさんの転移とは違う、えも言えない気持ち悪さが湧き上がるけど、それを呑み下して走り続ける。
何度も竜の攻撃を躱しながら影の鎖を操っていると、遂に竜の巨体を雁字搦めにした。
これで手足と尻尾、それから翼での離脱を封じた。
だけどまだ、竜には首がある。
喉に魔力が溜まる。
ブレスの構えだとわかった私の身体が恐怖に竦みそうになるけれど、それを頭の中で反芻していた紬の言葉が振り払う。
「……せめて、それだけはッ!!」
なんとしてでも止める。
正面から受ける? あり得ない。
紅奈さんでもダメだった力比べで勝てるはずがない。
いくら『
魔力は影の消費ではなく時間経過によって消耗するから、長時間ブレスを防げるわけではない。
だったら、考え方を変えるしかない。
撃たせて逸らすか、撃たせる前に止めるか。
鎖から飛び立ち、飛び乗ったのは竜の背中。
そこから首へと目がけて駆け上がり、逆手に握ったナイフを構え、
「『影縛り』ッ!!」
目いっぱいの力で長い首の中腹に突き刺した。
すると、そこを目指すようにして影の鎖が伸びてくる。
ぐるりと首をきつく締め上げ、さらには頭が空へと向けるように吊るされていく。
直後、竜の喉で爆発が起こった。
ブレスが行き場を無くして暴発したのだろう。
それだけを確認した途端、私の全身から力が抜けていく。
『
でも――十秒は耐えきった。
「あとは、任せましたよ……紬…………っ」
空中に投げ出された私の朦朧とした視界で、たった一人の姿だけが鮮明に映っていた。
■
紅奈さんの『魔法』を見ていてわかったことがいくつかある。
一つは『魔法』の規模によって詠唱の内容と長さが異なることだ。
イメージを確立し、その現象に見合うだけの魔力を捧げるのに、相応の時間が必要ということじゃないだろうか。
『魔法』はイメージが何よりも肝心。
そこが曖昧だと自分が想定しているよりも弱い『魔法』にしかならない。
だから――思い込め。
俺の『魔法』は何もかもを斬り避ける『斬撃』だと。
深呼吸を挟み、身体から余計な力を抜いて、意識を集中へ落としていく。
視界は紗季が使った『魔法』によって一変していた。
それだけを認識した俺は、紗季を信じて静かに瞼を閉じる。
そして、紡ぐ。
望む結末を実現するための『魔法』を。
「――この身は唯斬るために。この心は理想を映す鏡」
確固たるイメージを形成しながら滔々と言の葉を連ねる。
胸元で握った剣の切先を天へ向け、鏡のような銀色の刀身を指先でなぞる。
「重ね、研磨し、願うは世界を断ち斬る万象の刃」
思えば、俺が斬りたかったのは自分の過去なのかもしれない。
両親を失い、後戻りできなくなった幸せな世界。
それをなかったことにしたくて、でも、そんなことができるはずもなくて。
だから俺の『魔法』は『切断』だったんだ。
でも、今ならわかる。
斬るべきは後悔した過去じゃなく、立ちふさがる未来。
諦めも、迷いも、化物も、死の運命も――この世界で行く手を塞ぐ何もかもを、俺は断ち斬ると決めた。
「過去を断ち、
目を開く。
目の前にあるのはただただ白い、純白を帯びた剣。
そして、竜の首元から落ちてくる紗季の姿。
ああ、約束通り、十秒耐えてくれた。
だったら今度は俺の番だ。
剣を頭上へ掲げる。
狙いを竜、その首へと定め、
「――『
真っすぐに振り下ろした。
瞬間、世界が割れた。
距離も時間も因果も無視して、その斬撃は竜を斬る。
青紫色の鱗に入る一条の傷。
そこを境にずるりと首が滑り、血が溢れ、空虚な瞳の頭部が血の海に沈む。
俺が斬ったのは竜という存在。
――概念切断。
それこそが俺が辿り着いた『切断』の在り方だった。
「……流石に、これはどうしようもないだろ?」
膝をつき、息を切らしながらの問いかけ。
返答は、近づいてくる一つの足音。
俺と同じく満身創痍の紗季だ。
髪は乱れ、服も所々が裂けていて、身体にも痛々しい傷跡が刻まれている。
それでも満足げな笑みを見せる姿に安心感を覚えながら、俺も近づいて肩を貸す。
すると、すっと腕が上がり、倒れた竜を指さした。
俺もつられて顔を上げると、竜の身体が光の粒へと分解されていく幻想的な光景が広がっていた。
「終わりました……全部。紬が終わらせたんです」
「俺だけの力じゃない。紅奈さんがいて、クーがいて、紗季がいた。みんなが繋いでくれたから、あの『魔法』まで辿り着けた」
「あの絶望を斬ったのは紬です。私よりも強くなってしまいました。これじゃあ先輩面ができないじゃないですか」
「したかったの?」
「そういうのも面白そうじゃないですか」
「確かに」
そんな風に笑いながら、クーにこっぴどく叱られるまで勝利の余韻を噛み締めていた。
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