第31話 『切断』の魔法因子を狙う者


「それでは、これより紬ちゃんの歓迎会を始めたいと思います!」


 カラオケボックスの一室。

 クラスの委員長も務める快活な女の子が宣言すると、いくつもの拍手と「おー!」という掛け声が、座席に座っていたクラスメイトから上がった。


 というのも、今日、登校してからすぐに委員長から「紬ちゃんの歓迎会をしようと思うんだけど、いつなら都合がいい?」と聞かれたのだ。

 その時点で歓迎会をするのは確定しているんだな、と嬉しいような気を遣わせて申し訳ないような気持ちになったけど、純粋な善意だから無碍にはしたくない。


異獣エネミー』が出現しないことを祈りつつ、俺はその誘いにありがたく乗り、今この状況に至る。


 歓迎会の参加者は場所の都合もあってか十人を超えるくらい。

 その中にはもちろん紗季の姿もあるけど、端の方に座ってドリンクバーから持ってきた無糖の紅茶を飲んでいた。


 人と距離を置くような立ち位置の紗季をどうにかしてこちらに引き込みたいところだけど、本人が望んでいないことをするのもどうかと思い、視線を送るだけに留める。

 しかし、それに気づいたのか、紗季もこちらへ視線を返してきて、ほんの僅かに表情を緩めた。


 本当は紗季の方に行って話したかった。

 けれど、それでは歓迎会に誘ってくれた他のクラスメイトを置き去りにしてしまうことになる。


 ……やっぱり紗季にも友達作りをして欲しいなあ。


 なんて思いながら、歓迎会は進んでいく。


 注文したフライドポテトを摘まみながら色んなことを話したり、いきなり「歌おうっ!」とマイクを手渡されて焦りながらもなんとか歌いきったり、教室では出来ない踏み込んだ話をしたり――などとしているうちに、もう二時間が過ぎていた。


「それじゃあ、そろそろいい時間だから、この辺でお開きにしようか――」


 立ち上がった委員長が宣言するのを聞きながら、


「っ!?」


 ぞわりと、胃の中を無遠慮にかき回されているかのような不快感に襲われた。

 なのに、この感覚には覚えがある・・・・・・・・・・・


 結界だ。


 いつもクーが張っているのと似ているけど、魔力の質が違う。


 周囲へ視線を巡らせると、クラスメイトは苦しみながら一人、また一人と意識を手放し、床に倒れていく。

 まともに意識を保てていたのは俺と――もう一人。


「紗季っ!」

「……なんとか無事、です」


 苦々しい表情を浮かべながらも紗季は返す。


 だが、次の瞬間、カラオケルームの壁が轟音と共に砕け散った。


 途方もない衝撃。

 爆砕の音と振動が身体を容赦なく揺さぶる。


 瓦礫が宙を舞うのを見た瞬間、反射的に変身を終え、


「刻めッ!!」


 即座に『切断』の魔法で瓦礫を粉微塵に切り刻む。

 それを紗季が操る影が攫い、外へと吐き出す。


 みんなが瓦礫の下敷きになるのは避けられたけど――


「……出来ることなら何かの冗談であって欲しかった、かな」

「本当に、そうですね。あんなの、私たちの手に負えませんよ」


 空いた壁の向こう。

 宙に浮いていたのは今まで一度も感じたことがない、禍々しいほどに濃密な魔力を放つ竜人と呼ぶべき『異獣エネミー』の姿。

 竜騎士、なんて言葉がよく似合う……かもしれない。


 恐らく二メートルに届くであろう長身は白銀と黒が混ざった甲冑に包まれていた。

 背中からは竜の翼が伸びていて、生物特有の光沢がある黒々とした鱗に覆われた太い尻尾が脚の間から覗いている。


 右手には身長と同程度に長い、ぎらりとした鈍色のハルバード。

 あれを叩きつけられただけで俺たちはひとたまりもないだろう。

 今は動く気がないのか、はたまたいつ動いても奴からすれば変わらないのか、攻撃の意思は読み取れない。


 ……けど、奴が俺たちを標的としているのは、カラオケボックスの壁を破壊しただけで留めた殺す気のない攻撃と、奴が張ったのであろう結界を見れば明白だった。


「――見つけたぞ。こちらへ逃れた『切断』の魔法因子」


 男とも女とも判別できない、いくつかの音声が重なったような声は、甲冑の竜人から放たれたものだろう。


『切断』の魔法因子?

 それは確か、俺が覚醒する原因となった異界由来の存在のはず。


 なんでこの竜騎士が知っているのかわからないけど、狙い自体ははっきりした。


「紗季。みんなを連れて結界を出て、クーに連絡」


 短く端的に、して欲しいことだけを紗季に告げた。

 瞬間、表情を曇らせたのは俺の言葉が意味することを理解しているからだろう。


 あの竜騎士は俺たちの手に負えるような相手じゃない。

 二人で戦っても勝ち目は限りなく薄く、逃げたところで奴は俺を追ってくるはず。


 だからこそ、奴の標的ではない紗季を逃がし、この竜騎士と戦える『魔法少女』をクーに呼んでもらう。

 それが最善手……かどうかはわからないけど、現状取れる選択肢で有効なのは確かだと思う。


 もちろん、紗季の感情は考慮されていない。


「ですが――」

「わかってる。無理はしない。なるべく逃げて時間を稼ぐ」

「………………すぐ、戻りますっ!」


 判断にかけられた時間は僅かながら、膨大な葛藤があったのは聞くまでもない。


 身体を反転させ、影と気配が遠ざかる。

 それを背で感じるが、振り返らない。

 ここで振り返ってしまえば未知の敵と戦う決心が揺らぐ気がした。


「紗季は追わないんだな」

「目的は『切断』の魔法因子だけだ」

「そりゃ好都合。じゃあ――始めるか」


 柄を握りなおし、白銀の剣を正中線に構える。

 視線は真っすぐ竜騎士へ。


 竜騎士もまた、満を持してハルバードを掲げた。

 頭上で風を切りながら回し、ぴたりと一点で留める。


 放たれる威圧感が肌を刺す。

 感じる温度が数度は一気に下がった気がした。

 空気が質量を持ったかのように重く、喉につっかえ、呼吸が鈍る。


 ああ、これ、ヤバいやつだ。


 それでも、戦うしかない。


 今にも逃げ出したくなる弱い精神を叱咤して、雑念を頭から取り除いていく。


 恐怖はある。

 力の差も歴然。

 相手の『魔法』もわからない。


 だけど――信じてくれる人がいるなら、戦える。


「『四大魔皇』ゼル・アルガトル様に仕えし騎士が一角。『腐海』のファテス――貴様の命、貰い受ける」


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