第17話 膝枕ってこと?
着て来た服に着替えてから昼食のために向かったのは、近くにある高級焼き肉店。
大崎さんはどこでも好きなところで大丈夫ですと言っていたし、それなら好き放題食べようと思ってのことだった。
女性的にはお昼から焼肉はどうなんだろうかと一瞬考えたけど、二人からは反対の声が上がらなかった。
それどころか大崎さんは「私も接待費として経費で落とせるので、どんどん高いお店に連れて行って欲しいですね」とこぼす始末。
若干大人の汚さを目にしてしまい引き攣った笑みを浮かべつつもお店につくと、個室に案内される。
高級店はこういうところから違うのか……と文化の隔たりを感じつつも、メニューを開いて絶句した。
え? 俺が知ってる肉の価格と全然違うんですけど?
明らかに倍以上の値段が躍っているそれを見て固まっていると、主に大崎さんが微笑ましい視線を送っていることに気づく。
ごめんなさいね。
貧乏性な上に、こういう場所で誰かと食べるとか慣れてないんですよ。
そう思いつつもメニューと睨めっこをしてようやく注文を決め、店員さんに注文をして少し待つと、綺麗に肉が並べられた皿が運ばれてきた。
うわあ……見るからに高そうなやつだ。
実際めちゃくちゃ高いだけあって、ちゃんと焼いてから食べると、舌に乗せただけで融けていく。
……写真撮影の報酬がこれと考えると、まあ、ギリギリ妥協できなくもない。
心に負ったダメージを肉のうまみで修復する。
女性になったことで食べられる量が減ってしまったので、なるべく味わうようにゆっくりと食べた。
「……高い肉ってこんなに美味しいんですね」
「『魔法少女』として活動していけば、毎日のように食べられる報酬を受け取れますよ」
「毎日は流石にいいですかね。紗季と家で一緒に食べるのもいいですし。手料理、凄く美味しいんですよ?」
「……私も紬が喜んで食べてくれるので作り甲斐があります」
「そうですか。上手くやっているようで何よりです。ここからは役所の方で質問の方をさせていただいて、それで終わりになります」
そんな話をしながら店を出ると、目の前にタクシーが止まっている。
大崎さんが「事前に呼んでおきました。乗ってください」と言うので、紗季と後部座席に乗り、役所までの道を走り出す。
車の揺れと満腹感、それと午前中の疲労感からかじわりと眠気が顔を出してくる。
つい舟を漕いでいると「眠かったら寝ていても大丈夫ですよ。着いたら起こします」と紗季に声をかけられたので、お言葉に甘えて両目を閉じた。
普通に座ったまま寝るつもりだったけど、紗季が俺の身体を横に倒させて――頭が何か柔らかいものの上に乗る。
少しばかり驚いて目を開け、上を向くと、こちらを覗き込む紗季の顔。
「座ったままでは寝にくいと思いますので、私の膝でよければ使ってください」
……つまり、これは紗季の膝枕ってこと?
真実を知ると急に緊張して眠れなくなる――かと思いきや、普通に、というかとても寝心地が良くて眠気が一層強まって、
「学校が始まって、今日はお仕事。疲れがたまっていたんですよね。午後もありますし、今のうちに休んでください」
そう優しく言葉をかけながら頭を撫でられ、ふっと身体から力が抜けてしまった。
思い返せば、最近は色んな事がありすぎた。
朝起きたら女の子になってるし、『魔法少女』としても戦うし、学校にも通い始めて、今日はお仕事。
なるべく休んで疲労を溜めないようにはしていたけど、それでも完全に解消するのは難しい。
午前中は慣れない写真撮影……しかもコスプレまでしていたから、緊張が残っていたんだろう。
それに、紗季の言葉の裏には「言い訳ならこれで十分ですよね?」とでも言うような雰囲気が窺える。
なら……うん、ありがたく休ませてもらおうかな。
「……ありがと」
「お礼には及びません」
冷たいようで温かさの滲んだ言葉を最後に、微かに残っていた意識は車の揺れに攫われたのだった。
役所に到着すると紗季に起こされ、個室で質問に受け答えをした。
生年月日、好きな食べ物、趣味など当たり障りのないところから始まり、絶対に必要ないであろうスリーサイズも聞かれ、最終的に「彼氏はいる?」という質問に全力で首を振ったところでようやく解放された。
俺が答えたのは普通の質問だけで、大崎さんには「もうひと声お願いします……!」と頼まれたけど、流石に無理です。
普通じゃない経緯――覚醒して『魔法少女』になった俺には、話せないことの方が多い。
短い期間で身の回りのことが一変してしまって、俺もついていけてはいないのだから。
変なことを答えたつもりはないけど、帰ったら他の『魔法少女』の回答をHPで調べてみよう。
紗季はどんな風に答えたのか気になるし。
あと……スリーサイズを真面目に答えた人がどれだけいるのか、とか。
流石にいないだろうし、仮に答えたとしても『管理局』が掲載するとは思わないけど。
多分、今日みたいな撮影用の衣装とかを作るのに使うのかな。
そう考えれば納得できなくもない。
「梼原さん。本日は長時間の協力、本当にありがとうございました」
「……次からはちゃんと正直に内容を話してもらいますからね。事前の説明なしだったら断りますから」
「心得ています。帰りはタクシーを呼んでいるので、そちらを使ってください。お二人とも、今日はお疲れ様でした」
大崎さんに見送られ、妙に長く感じられた一日が終わるのだった。
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