第14話 多分、嬉しいんだと思います


「はあ…………なんか、どっと疲れた気がする」


 家に帰るなり、俺は深々としたため息をついてしまう。

 疲労感の滲んだそれに続き、紗季が靴を脱いで中に入ってくる。


「お疲れ様です。大変でしたね」

「好意的に接してくれるのはありがたいんだけどさ……」


 転校初日となる今日、時季外れの転校生である俺の元には何人ものクラスメイトがひっきりなしに押し寄せた。


 絶え間ない質問攻め。

 口々に言われる「可愛い」という言葉。

 部活動への熱烈な勧誘。


 ……あと、女子生徒からのボディタッチ。

 教室という場所だからか触られるのは腕や頬くらいなものだから耐えられたが、むしろ俺に触ってくる人の身体が触れる方が心臓に悪かった。


 途中で紗季に助けを求めたが、無理だと静かに首を横に振られたのは、ちょっとだけ恨めしいと思っている。


 それはともかくとして、決してクラスメイトに悪気があるわけじゃない。


 俺の方がそういうのに耐性がないだけ。


「でも、少し安心しました。なんとかやっていけそうで」

「そうだね。……トイレに入るのは罪悪感があるけど」

「慣れてください。男子トイレに入る方が騒ぎになりますから、絶対に間違えないでくださいね」

「わかってるよ。あと、流石にそこまで抜けてないから」

「……どうですかね」


 紗季からじっとりとした視線を送られる。

 なぜだろう、理由がわからないな。


「ちなみに、部活動に入る気はありますか?」

「うーん……当分はいいかなあって考えてる。環境にも慣れてないし、『魔法少女』のこともあるし」

「そうですか。私としてもその方が助かります。監視のために紬を待つのは面倒ですから」

「あー……うん。じゃあ、入らない方向で」

「私のせいで紬の選択肢を狭めるのは心苦しいですが、よろしくお願いします」

「気にしなくていいよ。元から帰宅部だったから」


 気遣いではなかったのだが、それでも紗季は申し訳なさそうにしているものだから、逆に笑顔を見せて、


「それにさ、今の生活も気に入ってるんだよ? 色々戸惑うことはあるけど……いつも紗季がいるから寂しくないし」


 二年前、否応なしに俺は孤独な生活を強いられた。

 両親の死をきっかけに性格は暗くなり、人と関わることを避けるようになった。

 なんとか高校には進学したけどそれは変わらず、友達と呼べる人はいない。


 きっと、『魔法少女』に覚醒する――なんてことがなければ、そのまま無味蒙昧な日々を過ごしていただろう。


 だから、今の自分がこうなっていることに不満はない。


 監視という名目ながらも一緒に過ごす人がいて、不自由なく暮らせる。

 当たり前のようで当たり前ではないと知る日常に満足していた。


 そういう意味での言葉だったのだが、どうしてか紗季はきょとんと目を丸くした後に頬を赤く染め、身体ごと逸らしてしまう。


「……そういうことを面と面を向かって言うのはやめてください」

「えっと……もしかして、本当は俺と一緒にいるのが嫌とか?」


 恐る恐る聞いてみれば、紗季は首を横に振る。


「…………どう返したらいいのかわからないだけです。ですが、多分、嬉しいんだと思います」


 一つ一つを慎重に確かめるような物言いに、少しだけ違和感のようなものを感じてしまう。

 でも、それが照れているのだとわかると途端に可愛く見えて、思わず笑みを零してしまった。


「……どうして笑っているんですか」

「なんでもないよ? ただ、紗季もそんな顔をするんだなあと思ってさ」

「そこはかとなく馬鹿にされている気がするのは気のせいでしょうか」

「気のせい気のせい」


 追及する視線を受け流して手洗いうがいを済ませたところで、スマホが着信を告げた。

 俺のスマホに登録されている連絡先は少ない。

 それこそ紗季と母方の叔母、それから大崎さんくらいなもの。


 ……別に寂しくないし。


 ともあれ、誰からだろうかと確認してみれば、その三人のうちの一人――大崎さんからだった。


「もしもし、梼原です」

『もしもし、大崎です。今、お時間の方大丈夫ですか?』

「大丈夫ですけど……何かあったんですか」

『実は、梼原さんが『魔法少女』として活動していくにあたって、『魔法少女管理局』の方でプロフィールを作成することになっていまして……週末にお時間を頂くことは可能でしょうか?』

「それ、何をするんです?」

『梼原さんがすることとしては登録写真の撮影と、記載するプロフィールについての質問、並びにどこまでを公開にするかの相談が出来ればと思っています』


 なるほど、そういうことか。


 そういえば『魔法少女管理局』のHPには、政府所属の『魔法少女』のプロフィールが掲載されているんだった。


 俺はあんまり興味がなかったから見たことがなかったけど……俺も今は『魔法少女』だから、そこに紹介が載るのは当然ではある。

 覚醒で『魔法少女』になった、いうなれば突然変異のような俺がそこに並んでいいのかと思うけど、これは流石に断れない。


「わかりました。では、お願いします」

『了解いたしました。週末の予定ですが、追って連絡を差し上げますので、ご確認いただければ幸いです』


 大崎さんの言葉を最後に通話は切れて、思わずため息をついてしまう。


「……紗季。どうしよ。今から緊張する」

「写真を撮っていくつかの質問に答えるだけですから、そう難しく考える必要もないと思いますよ」

「でも……写真撮られるの苦手なんだよね」

「気持ちはわかりますが甘んじて受け入れてください。今後、紬くらいの強さなら取材の機会もあるでしょうし」

「うえぇ……それ、『魔法少女』の仕事?」

「イメージ戦略というやつです。『魔法少女』に好意的な印象を持ってもらえれば、色々とやりやすくなりますから」

「世知辛いんだね『魔法少女』の世界って」

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