三縁起

 境内に入ってすぐのところには、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、いか焼き、大判焼き、絞めたてチキンレッグ、地場産の里芋フライドチップスといった食べ物の屋台が陣取っていた。


「みんな美味しそうですね、いいにおい」

「そうですね、粉もの多めで小腹が喜ぶお店が揃ってます」

「粉もの、確かに、粉ものは縁日屋台の標準装備ですよね」

「標準装備、面白いこと言いますね、沙綺羅さんは」


 真乎はにっこりすると何か見つけたのか小走りになった。


「どうしたんですか、待ってください」


 沙綺羅は猫ちぐらの包みの重みに引っ張られないようにしっかり持ち直すと後を追った。


「ほらほらありました。三縁起のスイーツ」

「三縁起のスイーツ?」

「はい、お酉さんの三縁起といえば、熊手に八頭やつがしら切山椒きりざんしょう。熊手は福をかき集め、お頭に立つおいもさんで立身出世、山椒は全身お役立ちのありがたさ。もう一つおまけに黄金に輝く黍の餅」


 真乎は歌うように説明すると、地元和菓子屋の出店に並べられたおかめの顔が描かれた紙袋を手にとった。    

 おかめは天宇津女命あめのうずめのみことと言われ、太陽を取り戻した福を呼ぶ存在として縁起ものを入れる袋に描かれているそうだ。

 切山椒は、上新粉と砂糖と山椒の粉で作る。それらをよく混ぜてから蒸して搗き伸ばす。伸ばしたものを小ぶりの拍子木形に切り出したものが切山椒だ。

 色合いがきれいで、肉桂を入れた茶色いものやおめでたい紅白のもの、萌え出る若草色のものがある。山椒は古来薬効があるとされ、強いにおいが邪気払い厄払いになるとされてきた。山椒は花、葉、実、樹皮、幹など全てが使える有用植物であることからも縁起ものとされた。


「熊手は飾りもの、八頭は里芋の親芋でしたっけ、スイーツではないですね、で、切山椒。山椒は辛いように思いますけど」

「沙綺羅さん、いただいたことありませんか」

「子どもの頃に祖母が菓子鉢にお茶うけ菓子をいつも山盛りにしていたのですが」

「お菓子を山盛りに、素敵なおばあさま」

「たまにはチョコやクッキーなどもよかったのですが、それはさておき、そのお茶うけ菓子の中にあったんです、切山椒。ピンク色のがかわいらしくて、こっそりつまんだんです」

「幼くして切山椒を味わったのですね」


 真乎は言いながら一袋求めた切山椒の袋からピンク色のをつまんで見せた。


「見た目のかわいさにつられて口に入れたのですが、味は、かわいくなかったです、子どもには」

「かわいくなかったのですか」

「はい、甘いと思った直後に山椒の刺激が舌を刺して、慌てて水を飲んだのですが、かえって妙な味になってしまって、しかめっつらになってしまいました」

「今は大人ですからきっと味わえますね」

「そういうものですか」

「さあ、召し上がれ」


 沙綺羅は真乎からピンクの切山椒を受け取るとこわごわとひと口かじった。


「あ、おいしいです。山椒の辛みがすっとして元気になります」

「それはよろしかったです」


 真乎は肉桂入りの茶色いのをつまむとにっこりした。

 

 それから二人は、後で何を食べようかと相談しながら出店をひやかしていった。

 

「熊手にいろいろくっついてますね」

「にぎやかだと皆さま集まって来ますでしょう」

「皆さまって、福の神さまもですか」

「はい、福の神さまがお仲間を連れて、人に紛れてお遊びになられます」

「見たんですか、福の神さま」

「ほら、あそこ」


 真乎が指さした方向には七福神の恰好をした人たちが子どもたちにお菓子やメンコやビー玉などを配っていた。


「あれは、神社の氏子さんたちが変装してるだけじゃないですか。ここら辺の神社は何かと言えば氏子さんや神主さんが変装して盛り上げてますよね。前にクリスマスマルシェが開催された時の袋をかついだ大黒天と布袋には目が点になりましたけど。神社でクリスマスに七福神っていうのもずいぶん取り合わせが妙でしたが」

「神主さんがおおらかな方なのですよ。人がたくさん集まってくると神さまがお喜びになるから、イベントも大歓迎っておっしゃってました」

「そういうものなんですかね」

「そういうものもありなのではないでしょうか」


 真乎はそう言うと熊手の店の前で足を止めた。


「福を取りこむ――酉こむ――お酉さま。差し物もとりどりで、どれにしようか毎年迷ってしまいます」

「差し物って飾り付けのことですよね。熊手が隠れるくらいに派手派手しいものもありますよね」


 熊手の出店にはさまざまな種類がディスプレイされている。


「こちらは台付。熊手に福の神、宝尽くし、注連縄を飾り付けたものです。そちらは

檜扇。熊手に竹や折板へぎで作った檜扇を飾り付けて中央に福面おかめを置いて、左右に大福帳戸、千両箱を添えます」


 真乎はなめらかな口調で説明していく。


「鬼熊は熊手の爪が鬼のように固くて粗末なので鬼と言います。中央におかめ、左右に大福帳、金万両の紙切れ、てっぺんには当たり矢。それから、掃き込。熊手におかめか恵比寿大黒を桝に入れた桝大黒と稲穂をつけたもの」


「こんなにいろいろあるんですね。今まで派手だな、と思うことはあっても、飾りがそれぞれ違っているとは気付きませんでした」

「もう違いはおわかりですね。よろしかったらご一緒に選んでください」

「延々と迷ってしまいそうです」

「迷うのも楽しいですよ」


 会話は果てることなく二人は当初の目的をまたもや忘れそうになる。


「あ、これ、お店に飾ってありましたね」

「はい」

「古いのは新しいのと交換するんですか」

「お焚き上げしていただくんです」

「ここでですか」

「年末に御札のお焚き上げがありますでしょ。うちはその時に御布施を届けてお願いしています。火伏参りの三の酉で火を焚くわけにはいきませんでしょう」

「ええっと、三の酉でなければいいってことですか」

「消防法もありますし」

「あ、そうですね」


 浮世離れしているようで、法にはずれるようなことはしっかり把握しているのが真乎だった。

 最も、人間の法にはずれた存在には人間の法は通じない場合がほぼほぼなので、悩ましいですと思ってはいる。


「あ、ほら、こちらは和紙のリボンと水引の梅がかわいらしいではありませんか」


 代替わりしたという熊手屋の屋台には留守居らしい女子高生がぽつんと座っていた。


「かわいいですけど、リボンは縁起ものではないですよね。水引は縁起ものですが」

「和紙は丈夫でちょっとやそっとじゃ破れません、そうした丈夫さという特徴はじゅうぶん縁起がよいと言えませんか」

「うーん、わかるような違うような」


 沙綺羅は真乎に納得させられてしまうことに抵抗しようとしてあきらめた。


「こちらはお二階用に求めます、後ほど」


 誰に言うともなくつぶやくと、真乎は冷たい手触りのハート型のプレートが付いた熊手を見つめた。







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