お手のもの

 手仕事好きのさがで、気にかかる手芸道具に惹かれつい足を止めてしまった。

 足を止めていたのは、ほんの2,3分のつもりだったが、腕時計を見ると20分近くたっていた。

 その上買いものに預かりものに引取ものにと予定外の荷物が増えてしまった。

 スノードロップ模様のシンブルに引き留められたのは、もちろんその愛らしさが魅力的だったのもあるが、なつかしい人物との再会に浮き立っていたことも手伝ってのこともあったのだろう。


 端万子は改めて品揃いに目を通してみた。

 手仕事好き、アンティーク好きだったら思わず足を止めずにはいられない品揃えだった。


 針仕事の道具では、ピンクッションと針を入れるニードルケースがこまごまとしている様も愛らしい。ピンクッションは針を刺しておくことで錆びさせない効果がある。錆びさせないには、自然な脂が針のすべりをよくする羊毛をフェルトにしたもの、においが気にならなければ油分のあるコーヒー豆の出がらしを乾燥させたものなどがよい。  

 端万子は羊毛の塊から糸を紡いで毛糸を作ったことがあるが、その時手がべたべたになったのをきっかけに調べてピンクッションに使えると知ったのだった。糸を紡ぐ時に少しよけておいて、何個かピンクッションを作り、フレンチやアーリーアメリカンやイングリッシュなどそれぞれのカントリー調の端切れを細かく継ぎ合わせてパッチワークのピンクッションを作り、それをチャリティーバザーに出品したことがあった。

 市で販売したらどうかと何人かから声をかけられたが、端万子はそれを断っていた。端万子にとっての手仕事は、手付たつきを得るためのものではなかったのだ。自分の手に触れたものは、端切れ一枚、糸端1本までねぎらいたいという気持ちで接する中で自然と形になっていくのが端万子の手仕事だった。

 

 端万子は銀製のニードルケースに目を留め手にとってみた。


「お目が高い。そちらはお揃いの指貫もありますな」


 店主がすかさず声をかけてきた。

 あくまで無理に購入を促すのではなく、客の審美眼や選択眼をくすぐるような物言いだった。


「銀、木、皮、針入れの素材もいろいろあるのですね。とても繊細な細工、美しいです」


 端万子はニードルケースを戻すと現代ではあまり使われることのない雪の結晶を思わせる糸巻きを手にとった。


「毛糸は時々かせで売っているものもあるけれど、これは、糸を掛けて余らせてその端糸で輪を作ってクリスマスツリーの飾りにしてもよさそう。刃が錆びてしまったはさみにはレースを縫いつけたやわらかなキルトでカバードレスを着せてあげてもいいわね」


 糸巻きの隣りにはたタティングレースに使うシャトルがヴィクトリア調の装飾的なペーパーでデコパージュされた円筒形のハットボックスにどっさり入れてあった。シャトルたちががやがやとおしゃべりを始めそうな乱雑さの中にも親しみのわくディスプレイだった。

 端万子は、使い込まれてまろみを帯びているべっ甲色のタートルシェルのものや象牙の透かし彫りのものなど、あまりお目にかからない珍しい素材のものを手にとって感触を確かめた。

 直接手に触れるものは、使っていくうちに摩耗してその人の手の形似合うようになっていく。それを感じるのもアンティークに触れる心地よさでもあった。

 

「こちらは、クロススタンプ用のウッドブロックかしら」


 木製の印章にはガーデンフラワーや蔓植物、小鳥などがかわいらしく彫られたいる。


「刺繍の下絵に使っていたものと聞きましたな」

「ああ、刺繍の下絵用のですね。それでとても繊細なのですね。彫るのにも手間ひまかけられていますね」


 どこからともなくにぎやかなクリスマスソングが流れた。

 誰かの携帯の着信音のようだった。

 ここのところさわやかな秋は紅葉を連れて駆け足で去っているので、うかうかしていたらじきにクリスマスだ。

 アドベントカレンダーもそういえば以前端万子は刺繍で作ったことがあった。


「役目を終えたお裁縫道具たちを、みんな一緒にクリスマスツリー飾って、聖夜の祝福を受けたら、西洋版のお針供養にならないかしら」


 端万子は次々とアンティークの手芸道具を手にとりながら楽しそうにイメージを広げていった。


「楽しくて時間がたつのを忘れてしまいました。この町の市にはよく出られるのですか」

「そうですな酉の市には顔を出しますかな」

「お借りしたシンブルを返しにまいります」

「くれぐれもお取扱いにはお気をつけて願いますな」

「ええ、もちろんです」


 巾着袋と指貫をショルダーバッグにしまい風呂敷包みを両手で抱えて、暇を告げると端万子は出店の前から歩き出した。

 和布のキルトは片手で脇に抱えるにはずっしりとした重さだったのだ。

 両手がふさがっていては甘酒もおいなりさんも買えない。

 いったん戻って三輪野るりに荷物番をお願いして出直すことにした。



「先生、混んでましたか」


 三輪野るりが声をかけてきた。


「ごめんなさい。ちょっと寄り道してしまって」

「何かいいものありましたか」


 彼女は待たされたことを責めるでもなく屈託のない様子だ。


「これ、何かわかるかしら」


 端万子はバッグから銀色の総目の指貫を取り出して手のひらにのせた。


「これ、ってお裁縫道具ですよね」


 三輪野るりは、いいですか、ときいてから指貫を手にとって眺めた。


「そう、繕いものやキルティングに使う道具」

「先生のお裁縫箱で見たような気がします。銀色のと革のだったかな」

「そう、私は2種類入れてました、指貫」


 三輪野るりは目を閉じると記憶を探りながら話し出した。


「確か、ええっと、私がふざけてスモッグを頭からかぶってお化けのまねをしておっかけっこをしていて」

「ドラゴン退治もして、お化けにもなって、物語の世界の住人になって遊んでいたのよね」


 端万子は思い出して小さく笑った。


「覚えてらっしゃったんですね、恥ずかしいです」


 三輪野るりは照れくさそうに肩をすくめた。


「転んだ時に引っ張って袖が取れそうになって、怒られると思って半泣きになってた私に、先生が声をかけてくださったんですよね」

「そんなこともあったかしらね」

「そうですよ、先生、袖をつけてくださったんです。みるみるうちに元に戻してくれて、魔法みたいだった」

「魔法、それは大層なことね」

「はい、その時に指貫が指輪みたいに光ってて、魔法の道具みたいで」


 三輪野るりは端万子を見て言った。


「魔法つかいに見えたかしらね」


 自分にとっては当たり前の仕草が、子どもの目には、彼女にはそのように映っていたというのは意外なうれしさだった。


「三輪野さんは、お裁縫はしますか」

「ボタン付けくらいです、この通り、ジャージで過ごすことが多いんで、すれたり切れたり破れたらおしまいです」

「そう、そうよね。だったら、迷惑かしら、指貫なんて」

「え、これ、いただいていいんですか」

「よかったら。二つお揃いだったの」


 一見なんの変哲もない総目のリング型の指貫。

 しかし、よく見ると縁に細い線でアラベスク模様が彫られている凝ったものだった。


「ありがとうございます。大切にします」

「道具を大切にするというのは、その用途に合ったように使ってあげるということなのよ」

「はい。その時がきたらそうします」


 三輪野るりは、首にかけていたシルバーのチェーンネックレスをはずすと、そこに指貫を通した。


「こうしておけばなくさないです。家に着いたらはずして、運針の練習してみます」

「運針なんて言葉、久し振りに聞いたわ」

「いとこが家庭科の先生なんです」

「そう、だったらお裁縫も、お料理も、生活設計も、お手のものね」

「今度いとこに会ったらきいてみます」

「え、何を」

「お手のものかどうか」


 生真面目な物言いの三輪野るりに、端万子は思わず微笑んでいた。


「あ、もうこんな時間、先生、私そろそろ行かないと」

「ごめんなさい、ごちそうするって言ってたのに」

「いいんです。ごちそうよりうれしいです」


 三輪野るりは首を横に振ると、指貫を胸元で握りしめた。









 


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