字宮氏の来訪

「お電話で予約をお願いしました字宮節佐あざみやせっさと申します」

「どうぞお入りください」


 時間ちょうどに予約客は現れた。

 ミドリノ相談室の本日の予約客は、字宮節佐という男性だった。

 こざっぱりとした身なりで予約時に申請してもらったプロフィールには四十代と記載されていた。

 夫婦での予約だったが、現れたのは彼一人だった。


「猫つぐらですか。こちらの小さいのは仔猫用ですか」


 字宮は出窓に並べられた大小の藁細工のかごに目を留めて言った。


「ご存じですか」

「うちにありますよ」

「そうですか。どちらでお求めになりましたか、よろしかったら教えてください」

「そう改まったものではないですよ。妻が、朝市で買ってきたんです」

「猫を飼ってらっしゃるんですか」

「いえ、飼ってません」

「これから飼うご予定が」

「ありません」


 字宮は少しいらつき気味に言った。


「妻が、だまされたんだと思います。最近不安定で、そこに付け込まれたんでしょう。置物にすると言ってましたが、小汚い石が入れてあって、不気味で、家の中に置いておきたくない見た目ですよ」


 字宮は肩をすくめた。


「ねこつぐら、とおっしゃいましたか」

「それがなにか」

「いえ、こちらのものは、猫ちぐらと言います」

「ちぐら、と、つぐら。何か違うんですか」

「いえ、意味は同じです。つぐらもちぐらも、ゆりかご、といった意味です。作られている産地で呼び名が違うだけです」

「よくご存じですね、お若いのに、お嬢さん」


 真乎は字宮の物言いにひと言注意を入れようと思ったが、とにかく話を進めないとと思いここはひとまず置いておくことにした。


「身近にあるものですから。自然と知っていたのです」

「そうですか。それにしても、大中小、それから、形も、かまくら型のものから、たらい型、天窓型と、種類が揃ってますね。コレクションですか」


 真乎は猫ちぐらに興味を持ってもらったのがうれしくて、つい話に釣り込まれてしまう。


「コレクションではなくて、手作りです。全て私が作りました」

「え、ご自分で作られたんですか」

「はい、よろしかったら、お持ちになってみませんか」

「いえ、せっかくの作品を汚してしまっては申しわけないですから、遠慮しておきます」

「そうおっしゃらず、どうぞ、ええっと、私、お茶をいれてまいりますから、お待ちいただく間に、ゆっくりご覧ください。ご相談の開始は、お茶をいただきながらご挨拶をしてからになりますから、ええ、ご挨拶の時間に相談料はかかりませんので」


 真乎に半ば強引に勧められて字宮は仕方なく猫ちぐらを抱えて待ち合い室のソファに腰掛けた。


「さて、と、一階に奥様、二階に旦那様、それぞれに語っていただくことになりましたね。今回はお二人で対話をしていただく予定でしたが、それはできませんね。まさかテレパシーで対話はできませんし」


 いつもの手順では相談業務がスムーズにいきそうにないので、どうしよか考えあぐねながら真乎は、ティーポットとカップとバニラとチョコのチェッカーモザイクのアイスボックスクッキーを添えたソーサーをシルバーのトレイにのせて、待ち合い室に戻ってきた。


「お待たせしました。どうぞ、お召し上がりください」

「いただきます」


 字宮は猫ちぐらを横に置くと、砂糖もミルクもレモンも使わずストレートで紅茶を飲んだ。


「味にきれがありますね」

「お口に合いましたでしょうか、よかったです」

「このクッキーも手作りですか」

「いえ、これは、焼菓子屋をやっている友人に焼いてもらっています。

「きれいなモザイクですね」

「白と黒。人の心と体。あなたと奥さま。光と影。二色ふたいろはイメージが広がります」


 字宮はティーカップを置くと、真乎を不愉快そうに見た。


「ここでは挨拶だけではないんですか」

「失礼いたしました。もちろんです。先ほどのは、私の挨拶です。どうぞお気になさらずに」


 字宮は何か言いかけて、首を振るとと口をつぐんだ。


「こちらにお電話でお話した時にお聞きした内容を記載してあります。こちらでよろしいかご確認をお願いします」


 真乎はA4用紙1枚のプリントを差し出した。

 字宮はハンカチで手を拭くとプリントを受け取って目を通した。

 プリントには、予約者の名前、フリガナ、性別、年齢または年代、職業、連絡先、相談内容が箇条書きで書かれていた。


「確認しましたよ、こちらでけっこうです」

「ご来訪はお一人ですが、ご相談内容は同じでよろしいですか」

「ああ、かまいませんよ」

「わかりました。では、そろそろ、相談室へまいりましょう」


 字宮が紅茶を飲み終わった頃を見計らって、真乎は立ち上がった。








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