奇妙な三題噺
「何か気に障ることを、言ってしまったのかしら」
真乎は女性が暴れ出した場面を思い返す。
「捨てられる、仔犬、仔猫、話しの流れからすると、拾ってきた小動物を飼うのを反対されていると思ったのですが。まさか、子どもを拾ったわけではないでしょうし」
女性の動きがぴたりと止まった。
真乎は思わずひるんだ。
「子ども……拾った……」
女性はつぶやくと、ふっと正気に戻ったようだった。
「拾ったのではありません。買ったのです」
「買われたのですか」
「ええ、猫ちぐらを買ったんです。朝市で」
「朝市で、猫ちぐらを買われたんですね」
「はい、子どもが入っている猫ちぐらを」
真乎は注意深く女性の言葉を反芻していく。
「猫ちぐらには子どもが入っていたのですね」
「子ども、そうです、ドロタボウの子が入っていたのです」
「ドロタボウ、ですか」
「ドロタボウです」
女性は、ドロタボウが何か相手が知っているのが当たり前のように言った。
「泥に、田んぼの田に、お坊さんの坊で、泥田坊ですね」
「そうです。泥田坊です」
女性は答えると、へなへなと座りこんでしまった。
「どうされました。ご気分がよろしくないようでしたら、少し休まれませんか」
真乎は女性の隣りにしゃがむと背をさすりながら声をかけた。
「いえ、画材、ここにもないみたいなので、よそを探します」
「よそと言いましても、この辺りには、画材を扱っているお店はありませんよ」
「なければ、作ります」
女性はかたくなだった。
「作るのですね」
「作ります」
女性は真乎の肩に手をついて立ち上がろうとした。
しかし、足が立たなかった。
先ほどの狼藉で力を使い果たしてしまっていたのだった。
「作ります、あの子に目を入れて、私の重石になってもらわないと」
女性はそう言うと今度は突っ伏して動かなくなってしまった。
「お客さま、お客さま、ええっと、息はしてますね、これは寝息ですね。お疲れだったのですね」
自分を落ち着かせるように真乎は言うと、女性をなんとか引きずっていって売り物の猫脚のソファに寝かせた。
「さて、どうしましょうね。庚之塚さん、まだかしら」
真乎は、とりあえず、と、外出中の木札を店の入り口の軒下に提げた。
「確か、ありましたね、鳥山石燕さんの画集、と言いましても、どこぞの好事家がお手本に借りたのを模写したものでしたが。猫ちぐら、泥田坊、重石、奇妙な三題噺ですね」
そう言ってから真乎は女性が荒らしまわった店内を見まわしてため息をついた。
「まずは片付けないと、ですね。庚之塚さん、手伝ってくださるかしら」
真乎はソファに横たわる女性に、メリノウールのモチーフつなぎのブランケットをかけると、とりあえずひと息つきましょう、と、店の奥のキッチンへ向かった。
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