小間物屋てりふり

 翠埜真乎の実家は小間物屋だ。

 人のいい祖母は、来るもの拒まずで、遺品整理でどうしても捨てられないものなどを引き取っているうちに、アンティーク、民芸品と手作り雑貨のミュージアムのようになっていた。


 民芸品には薄気味悪いものもあったが、真乎は子どもの頃からそういったものにも興味があった。シルクスカーフの端布で作ったはたきをかけたり、やわらかな木綿の端切れで一つ一つ商品をふき清めたりしながら、祖母からそれぞれの由来を聞くのも面白かった。


 店内の飾りで圧巻なのは、祖母手作りの、アンティーク着物のクレイジーキルトのタペストリーだ。修復不可能なほどあちこちに染みがとび虫くいだらけの着物を細かくカットして貯めておいた端切れを使った大作だった。


 着ることのできない着物や始末に困った反物など、リサイクルしてインテリアにするにも限度がある。全て捨ててしまうのも心が痛むという持ち込み客の要望で、最初はタンブラー風な小さなキルトの額を作っていたのだそうだ。


 客がいない時は基本、商品のほこりをはらったりするくらいで、手持無沙汰なので、得意で好きな手先仕事を祖母が始めたのは自然なことだった。


 祖母の気持ちの込められた季節ごとに掛けかえられるタペストリーは、この店を包み込んで守ってくれているようだった。

 特別な一枚に、年末年始の時に掛けられる歳神様をお迎えする設えのタペストリーがあった。あらゆる着物地が接ぎ合わされていてアクセントに帯地も入り複雑怪奇な抽象画の趣を醸し出していた。

 その一枚はクレイジーキルトであるので特別な意匠はないが、眺めていると何か惹きこまれるような気配を真乎は感じるのだった。


「おはようございます。本日もよい日でありますように」


 真乎は戸を開けて外に出ると、二階建ての店を振り仰いで挨拶をした。

 それから、両手で抱えてよいしょっと店の名の彫られた一枚板の銘板を入口の脇に出したてかけた。

 「てりふり」と杉の一枚板に大胆なタッチで彫られた文字は、祖父の手になるものと聞いていた。

 この板を店の出入り口の前に出すのが開店の合図だった。


 祖母が一人で店番をしていた頃は、午前9時頃から開店していたが、午前中は客足も少ないため、真乎が主に店番をするようになってからは、お昼近くなってから開けるようになった。

 朝遅い代わりに夜は8時頃まで開けている。その間、相談業が入った時は、外出中の木札をさげる。


「ご予約は、午後4時でしたね。字宮様、お一人でいらっしゃるのでしょうか」


 真乎は仕事用の手帳を広げて予定を確認する。

 

「庚之塚さんにもお伝えしておかないと」


 真乎は助手の庚之塚沙綺羅にラインをおくると、開店の準備を始めた。


 店内にディスプレイされている品物の中には、非売品のアンティークもある。どちらかといえば、古ぼけた什器や色褪せた織物の壁飾り、誰に需要があるのかわからないものが目につく。

 

 真乎は運動神経はからきしなので、動作はにぶいところがあるが、手先は器用だった。そこで、お気に入りのセーターの虫食いや穴あき靴下、かぎ裂きなどの布ものを、アンティークの布や手紡ぎの草木染めの糸で繕うダーニングを請け負っていて、

ショップとしてよりはそちらの方がそこそこ繁盛していた。住居兼店舗なので家賃がかからないからこそ生活できる程度ではあったが。


 繕いものの腕前は、祖母譲りでもあった。祖母は手縫いはもちろんのこと、ミシンでカーテンからドレスまで、大抵のものを縫うことができた。商店会の福引の参加賞にと刺し子のふきんを一人で五十枚近く縫ったこともある。

 今は祖母は月の半分はデイサービスやショートステイに出かける生活をしているが、店番をしている時はいまだに麻の葉模様のふきんを縫ったりしている。


 店内の掃除を済ませてから奥の部屋への出入り口の脇にかけてある鏡をのぞいて身だしなみを整えて、真乎は店番の定位置のレジ脇の椅子に腰かけた。


「よいお客様がいらっしゃいますように」


 真乎は、レジの横におさまっている店の名前の由来でもある「てりふり人形」に向かって呪文のようにつぶやいた。


「今日はお天気いいみたいですね」


 湿気で動いてお天気を知らせるからくり人形の「てりふり」は、これも祖父の手作りだった。

 祖父はからくり細工が好きだったそうだ。


 真乎の両親は彼女が子どもの頃に事故で亡くなった。真乎は、しばらくは母の妹の家族と共に暮らしていた。叔母もおじもよくしてくれたが、叔母の長男の二つ上のいとことは折り合いがよくなかった。

 いとこはいつも本を読んでいてほとんど子ども部屋から出ることはなかった。六畳ほどの子ども部屋には、学習机が二つと、本棚、クローゼットボックスがあり、かなり手狭だった。

 寝る時は、子ども部屋にふとんを敷いて真乎が寝て、いとこは両親の寝室にふとんを並べて寝ていた。夜寝る時は一人になれる部屋があるということに、ほっとできると共に、ここの家の子じゃないのに悪いなという居づらさを、真乎はいつも感じていた。


 いとこが中学生になって自室を欲しがり、真乎も折り合いのよくなかったいとこから離れられるということで、祖母に引き取られるという話が出た時は飛びついた。

 祖母が営む小間物屋は、手芸用品や生活雑貨の他に、民芸品や手作り雑貨のセレクトショップの趣があって、少し変わった物の好きな真乎はすぐに馴染んだのだった。


「ごめんください」


 本日最初のてりふりの客が、戸を開けて敷居をまたいで入ってきた。



 

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