第736話 クロスステッチの魔女、夜明けを迎える
今回は屋台をあちこち歩き回っているうちに、気づけば月の位置が随分と変わっていた。
「マスター、もうすぐ夜が明けそうですね」
「あら、そうねえ。いつの間にか、そんな時間になろうとしているとは」
もう少し猶予はあると思っていたのに、楽しい時間は本当にあっという間だった。今までは必要なものを買ったり、持ってきたお金がなくなったりして、ここまで遅くまでいた年の方が少なかった気がする。
「そうね。せっかくだし、夜明けを眺めてから帰りましょうか」
《魔女の夜市》で屋台を広げていた魔女達も、三々五々と片付けを始めている。広げていた商品を魔法のカバンにしまっている魔女や、敷いていた布を畳む魔女。看板を下ろす魔女や、売上金を数えているらしい魔女もいた。
「ここから箒に乗れるみたい。ほら、乗って乗って」
私達は屋台の隙間を縫うようにして、《魔女の夜市》の会場を出た。開けた草地から箒に乗り、空に舞い上がる魔女達がいる。私達も箒に乗って空に浮かび、家の方角に針路を取る……とお日様がよく見えないので、ちょっと位置だけを変えることにした。このまま今の場所にいたら、他の空を飛びたい魔女の迷惑になる。もちろん、《扉》で帰る魔女も足元にはいた。
「ちょっとあっちの方まで飛んで、空を見てから帰ることにするわね」
「はあい」
家とは反対方向の、東へ少し箒を進める。足元に森が広がる、他の魔女の邪魔にはならない位置で箒を止めた。霧が立ち込める森の風景も好きだけれど、空をしばらく眺めていると、少しずつ夜が褪せていった。夜明けが近づいて、山の端の空が黒から青に変わっていく。白と金色の光が零れて、太陽がゆっくりと昇っていく。
「綺麗……」
目覚めてから初めて夜明けを見ているラトウィッジの口から、素直な感嘆の言葉が漏れた。うん、こういうのを聞いていると、連れて来てよかったなと思う。
「綺麗よねえ。こんな場所から夜明けを見られるのは、魔女の特権よ」
魔物はその特性上、空にはいない。気にするべきは空を行く鳥と同業者達で、他に邪魔をする存在はいない。だから、たっぷりと時間をかけて、夜が明けきるまで空を眺めることができた。水袋に入れていた温かい葡萄酒を少し飲んで、体を温めて、お日様の温かい光が私の体を温めるまで待っていることにする。
「あったかい……」
「あったかいねえ」
夜が明けて、太陽が完全に出て、空が青くなってから。それから、私達は家に帰ることにした。
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