第715話 クロスステッチの魔女、物語の続きを楽しむ
ルイスの語る物語は続く。主人公の娘は早くに母親を亡くして、父が迎えた後妻と継子に使用人のようにしていじめられていた。この辺りは、よく聞く王道の物語だ。でも、知らない名前の物語だったから、きっとこれから変わってくるのだろう。
冬の日に魔女の元へ、ケーキと葡萄酒を持たされて使いに出された主人公の娘。彼女が道に散々迷いながら魔女の元に辿り着いた時には、藁の服も濡れてしまい、彼女は凍えていた。魔女は娘を入れて暖炉で暖めてやり、事情を聞く。
「娘はこう訴えました。『魔女様、魔女様。私は今の暮らしが、とても辛いのです。父は新しい人を迎えてから、私の母の持っていた物、私が受け継ぐべき物の大半を捨ててしまいました。私に遺されたのは、この、ずっと首にかけている母の針入れと針だけです。これも気づかれてしまえば、きっと捨てられることでしょう』と。魔女は自らの人形が淹れた熱い乳茶と焼き固めた菓子を出し、彼女を落ち着かせます」
針入れかあ。私の針はお師匠様のところで自分の物をもらっていたっけ。あの村にいた時は、あくまで借り物だったし。私はこのお話を聞きながら、メルチのことも思い出していた。あの子のような、あるいはこの物語の娘のような、今の環境から逃げ出したい人のために魔女があるのだろう。
「針入れー?」
「あるじさまはそういうの、持っておりませんよね」
「まあ、裁縫箱に入れちゃってるからねえ。箱に入れるほどの裁縫道具が揃っていないような場所だと、針だけでちょっとした財産だったようだし」
鉄製の針は、小さな村で簡単に作ってもらえるかというとそうでもないことがある。鍛冶屋は鍋や鍬を直すのに忙しかったりすると、女の縫い針というのは後回しにもされやすいそうだ。革も縫えるような頑丈な針は何本あっても足りないのだけれど、小さいものを作るのも難しい。
「……魔女は娘の針入れを見て、その木に彫られた美しい彫り物に目を留めました。使い込まれた飴色の木に、細かい花の模様が入っています。珍しい石がついているとか、魔法が籠っているとかではありませんでしたが、それはとても美しい針入れでした。魔女は娘を気に入ったと言って、三つの選択肢を娘に示します」
ふむ。それでお話の題名が『三つの未来の娘』なのか。ルイスが話の切れ目を上手に作るので、私はすっかりお話に魅了されていた。いつの間にか、ラトウィッジがお茶のお代わりも淹れてくれている。お話の影響なのか、牛乳を入れた甘いお茶だった。
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