第714話 クロスステッチの魔女、物語を聞く
ルイスが語る物語は、私がまだ読んだことのない部分に書かれているもののようだった。私が新鮮な気持ちで物語に耳を傾けて始めた様子を見てか、他の《ドール》たちも三々五々、好きなように座ったりして物語を聞き始める。
「……『娘は継母と継子にいじめられ、粗末な藁の服を着せられました。娘の分の木綿の服を、継母が用意してくれなかったからです。困った娘は、家畜小屋の藁を使って服を作ります。娘は織り機に繋いで伸ばした藁を流し込み、杼に藁を通して、木綿を織るように藁を織りました。藁の服は軽くて黄色かったのですが、寒さを防ぐことはできません。娘はそんな中でも、継母に命じられればお使いに出されます」
よくある物語のようだけれど、藁の服の話は初耳だった。実際に作ろうとしたらどうするかな、なんてことも、少し考えながら話を聞く。
「どうぞ」
ラトウィッジが私に淹れてくれた紅茶は、口に含んでみるとお砂糖が入っていなかった。代わりに少し、
「これ、いいやり方ね」
「ありがとうございます。なんとなく、手が覚えていました」
ルイスの物語の邪魔にならないように、こっそりとお礼を言う。多分、ラトウィッジの《核》になった心を残した人間が、そうやってお茶を淹れる人だったのだろう。こういうのも、《ドール》を買う楽しみだ。
「……娘が藁の服を着て、自分には食べられないような上等なケーキとひと瓶の葡萄酒を持って向かうのは、森の奥に住むという魔女の家でした。しかし、娘は魔女の家に行ったことがありません。雪がちらつく冬の初めの森に行って、継母は彼女が死んでしまうかもしれないことをよくわかっていました。だからこそ、それでも構わないと思っていました」
冬の森に、藁の服でケーキを持って向かわされる娘。そういう物語を、昔はあまりのんびり聞いていられなかったけれど、今は違う。
「……娘がなんとか魔女の家に辿り着いてみると、そこには村の魔女と、魔女の人形がいました。魔法で動く人形を初めて見た娘は驚きますが、お姫様にするように魔女に傅き、客人として娘をもてなしてくれた人形に心を許します。魔女と人形は娘にお湯を入れて薄めた葡萄酒と、よく焼いたパンを与えてくれました」
そんな話を《ドール》であるルイスがしているのは、なんだか少しおかしくも思える。安定したルイスの物語る声は、落ち着きがあってもっと聞いていたくなるものだった。
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