第696話 クロスステッチの魔女、お祝いする
楽しいような、ややしんみりするような時間を終えて、私は紅茶屋を出た。そうか、それだけの時間が経っていたのか。わかっていたはずなのに、どこかしんみりとしてしまう。
「……備える目的、とやらは何が起きるためなのか、わからないけど」
これ以上買い込みすぎる前に、と街の門を潜ろうとしたところで、ふと振り返る。ここより広い街、栄えている街はいくらでもあった。大きな街道があるわけでもなく、強いて名物と言うなら魔女が意外といるくらい。そんな特徴と位置の割には、この街はいつも賑やかだった。
「近くの人たちくらい、私達で守れたらいいな、って思うのよね」
「素晴らしいお考えです、マスター」
「やっぱりお人よし!」
「五百年先まで、そのままでいてくださいまし」
「とてもよい考えかと」
やたら褒められることに恥ずかしさを感じながらも、私達は門の外で箒に跨り、家に帰ることにした。
「まずはすっからかんになっちゃった糸を紡いで、それから備え……になるかわからないけど、まず私たちの身を守るための魔法を新調。それから色々、本を見ながら試してみるかな」
「けれど、その前にご飯にしましょう!」
「そうだよー、せっかく買ってきたんだから」
「大きなお魚を丸ごと焼きませんこと?」
「ちゃんと食べないとダメですよ!」
空を飛びながらの発言に、即座に言い返されてしまったので、まずは少し豪華な夕食を作ることにした。もちろん、みんなにも手伝ってもらう。野菜の皮剥きや火の番は、何人いてもいい。
肉と根菜のシチューを新しく作り、魚は丸ごと焼いてトロトロのチーズを削りかけた。パンも新しいものを作って、残っていた古いものはパン粉にしてしまう。半分はシチューに入れて、半分は今度の揚げ物に使う予定だ。ついでに、蜂蜜酒も出してくる。
「我ながら、よくやったと思うわ……よしっ、食べましょうか!」
日はとうに暮れていて、月が出る頃合いにすべてが完了した。すぐに食器を出して、それぞれの位置に着く。
「じゃあ、いただきまーす!」
「「「「いただきます」」」」
焼き魚を一口食べる。うん、おいしくできてる。シチューもいい味で、酒によくあった。難しい――腕前が必要というより、単に量の多いものとはいえ、やっぱり簡単にできるものではない――お祝いには相応しいご馳走だ。
「あー、お酒出してきてよかったあ……来年あたり、これも自分で作ろうかしら」
近くにちょうどいい感じの、蜂がいればいいのだけれど。残念ながら、酔いが回りつつある頭ではわからない。
お疲れ様でした、と《ドール》みんなに労われて、いい気持ちだった。
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