第691話 クロスステッチの魔女、いいお茶をもらう

 この魔女組合支部には時々訪れているけれど、奥に案内されたのは初めてだった。建物の形から奥にも空間がありそう、とは思っていたけれど、倉庫か何かだと思っていたのだ。しかし、案内されるままに移動すると、かなりちゃんとした人をもてなすための空間が広がっていた。


「ここに来るのは初めて?」


「はい。こんな風になっていたんですね」


 座って、と勧められた長椅子に腰を下ろすと、ルイスやアワユキ、キャロル、ラトウィッジもそれぞれに座る。長椅子は、私達全員を上等な天鵞絨ビロードの生地でふわふわに包んでくれた。中にしっかり入れられた詰め物も、いいものを使っているに違いない。そんな感触がする。


「では、魔綿糸を」


 艶やかな黒檀の長机に革の包みを置いて、中を開く。包みを解けば、確かに魔綿糸が三十あった。


「突然の依頼でびっくりしました……」


「まあ、確かにそうよね。むしろよく三十揃えてくれたわ。明日くらいに、とりあえずあるだけ持ってきてほしいと連絡するつもりだったのよ」


 魔綿糸を受け取ってもらったところで、空いた長机にルイス達より大きな大人の《ドール》がやってきて、お茶とお茶菓子を出してくれた。軽く断ってからいただくと、家で飲むお茶よりもいい香りがした。花か何かも一緒に淹れたのだろうか、微かに蜜のような甘い味がする。


「元々紡いでしまい込んでいたものと、今回の依頼で紡いだものが混ざっています。魔綿の状態も何種類かあるので、均一の糸とは言い難いかもしれませんが……」


「先ほど確認したけれど、あれくらいなら問題ないわ」


「……どうして、私に依頼したんです?」


 その言葉に、彼女は当たり前のことを話す顔で、普通に答えた。


「だってあなた、三等級になってからもお小遣い稼ぎみたいに魔綿糸を納品してくれていたでしょう? まず、この支部が近い地域で四等級って、今は少ないの。細工の一門だと、糸紡ぎは専門外だしね。三等級も入れた中でも、安定して魔綿糸を納められる魔女。そして何より、まだ《肉あり》で期限を区切りやすい魔女として、あなたに依頼することが決まったの」


 つまり、一定の品質の魔綿糸が紡げるだけの魔法の腕前。そして依頼の期限を認識し、別の作業に夢中になっている間に忘れ果てたりしない魔女。その二つを満たせるのが、この辺りだと私だろうということで、ご指名をいただけたらしい。


「糸紡ぎは嫌いではありません。刺繍の魔女をしているのは、刺繍も好きなのと、私を拾ってくれた魔女が刺繍の魔女だからです。だから、ご依頼いただければまた糸は紡ぎます……しばらくは、魔綿畑を休ませたいですが」


 私の言葉に、目の前の魔女は笑った。

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