第690話 クロスステッチの魔女、納品に行く

 最後のひとかせを紡いでまとめ、もう一度数を数える。確かに、三十かせの魔綿糸……どれも染めたり特別な撚り方をしていない、基本の糸だ。一応、二回数えた。昔はこういうのも、あまり得意じゃなかったっけ。


「お、終わった〜……」


「あとひと頑張りですよ、マスター。組合に行かないと」


「でも、お疲れ様ー!」


「なんとか間に合いましたわね」


「お役に立てたなら、よかったです……」


 口々にねぎらったり意見を言ってくる声を聞きながら、まずはすっかり渋くなっていたポットの中身の、最後の一杯を飲み干した。そう、作ったところで終わりではない。私がこの三十かせの魔綿糸を持って、魔女組合まで飛ばないといけないのだ。少し伸びをして、納品の仕方に指定がないかを一応確認した。特にないらしいので、家にある中で一番上等な、柔らかい革に糸を包む。それから簡単にリボンで結んで封をして、これをしっかりカバンに入れた。


「それじゃあ箒に乗るわ。みんな、乗って乗って」


 ルイスとラトウィッジはクッションに、アワユキは私の首に、キャロルはポケットに。四人がそれぞれの位置についたことを確認してから、私は地面を蹴って箒を飛ばした。久しぶりの空に、爽快感で笑いたくなる。季節が進んだような感じは肌感覚だけではしなかったのだけれど、季節をひとつ飛び越している証に、私のつま先を通り過ぎていく木々の葉の色が違っていた。本当に、ギリギリだったと思う。


「やっぱり空はいいですね、キーラさま!」


「ラトウィッジは、用がなくても飛びたがりますからねえ」


 相変わらず空が好きらしいラトウィッジの言葉に、ルイスはくすりと笑っていた。うん、かわいい。そして、とても平和だ。

 とはいえ、魔女組合はあまり遠くない。だから、私やお師匠様やご近所の魔女は、この森に住んでいるのだ。《扉》の魔法も、対の扉が遠くにあると開く時に消耗するというし。そんなことを考えていると組合の屋根が見えてきたので、扉の側で箒を降ろした。ノッカーを叩くまでもなく、夕暮れ時の魔女組合はすべての魔女に開かれている。


「あの、クロスステッチの三等級魔女、キーラです! 依頼の納品に来ました!」


 届いた依頼書の羊皮紙巻を片手にそう言うと、組合の魔女が「まずはお水でも飲んだら?」とコップを勧めてくれた。羊皮紙を渡して水を受け取り、一気に飲み干す。急いていた心が、心地よい冷たさで落ち着いた。


「個別依頼の、魔綿糸が三十かせね。確かめるから、こちらにいらっしゃい」


 そう言って、私は普段足を踏み入れない奥へと案内された。

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