第688話 クロスステッチの魔女、思いがけないものを見つける
糸を紡いでは、ひとかせごとに纏める、ということを繰り返して数日。さすがにずっと紡いでいると、糸を撚っている指先も痛くなってきた。夜通し紡いでいたら疲れもするので、そういう時は素直に休んでいた。
「マスター、そろそろ先に綿がなくなりそうです」
「えー、たくさん育てたのにぃ」
私はそう言いながら、確かに少なくなってしまった綿の塊を軽く触った。かなり用意しておいたはずなのに、気づけばもうほとんどない。ひとかせ紡ぐには、絶対に足りない量だ。
「また育てないと……あんまりやるとやっぱり傷んじゃうみたいだから、沢山はやれないんだけどね」
「主様ー」
そんなことを考えていると、いつの間にかアワユキが私を呼んでいた。
「どうしたの?」
「魔綿、ふかふかのあったよ?」
「え」
倉庫部屋の中身は整理して、ないって確認してから魔法で育てたんだけどな。とはいえ、忘れてる可能性があるかないかと言われたら……否定できない。
「どこにあったの!?」
こっちこっち、と案内されたのは、倉庫部屋の奥まった一角。そこには埃を被った袋があって、開けてみると確かに魔綿があった。干し終えた綿の実を袋に詰めて、糸以外でも使えるようにと溜め込んだまま、どうやら忘れていたらしい。
「ま、まさかこんなに収穫したのを忘れてたなんて……!」
思わず膝から崩れ落ちてしまった。何せ、家中の綿糸を使い、魔綿の実を使っても足りないと思って、必死に魔法で育てたのだ。幸か不幸か、多分、これだけあれば足りる。
「見つけたらアワユキ、えらい?」
「すっごくえらい……私は不甲斐ないよぉ……」
てへへへ、と笑うアワユキの毛並みを撫でてやってから、私はこれからを考えることにした。とりあえず、これだけある綿の実をすべて糸にしてしまえば、今回の依頼分は紡ぎ終えられるだろう。大きめの袋に入っていたそれを糸車の前まで持って行く。
「マスター、どうしたんですか? わぁ、全部綿だ!」
「忘れてたの……紡いでたのに……」
「これで足りそうですかね?」
「まあ。でもわたくしたちも探したつもりでしたのに、見つからなかったから仕方ありませんかと」
三者三様の感想を言われながら、私は新しい綿の流れを整え、机の上に残っていた綿と一緒に糸車に設置する。
「マスター、再開される前に少し、何かお食べになられてはどうです? 干し魚とお野菜で、シチューを作りますから」
「確かに……パンと紅茶ばっかりだったものね。お願いできる?」
作業を再開させる前に、食事をする時間くらいはあるはずだ。
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