第685話 クロスステッチの魔女、雨の日に起きる
私がぐっすり眠っている間、魔綿の実は天日でしっかりと干されていたらしい。激しい雨音の刺激で目を覚ますと、丸一日が経っていた。
「おはようございます、マスター。よくお眠りになられたようで、お顔がすっきりしておられますね」
「雨が降ってきたから、濡れないように綿の実はしまっておいたのー」
「お天気が良くなったら、また干さないといけませんわ」
「でも、この辺りの綿の実はもうしっとりしてない気がして……」
ラトウィッジが示す綿の実を触ってみると、確かに乾いている実と乾いていない実の二種類があった。採った側から干していたから、そのせいだろうと予想はつく。
「よし。雨だし、使える実から紡いでいくわ。ただ、アワユキ以外の誰かには外に出て、雨露の石を拾ってきてくれないかしら。表の魔力ある草に生じた露を、汚すことなく採ることができれば石になるあの石だけど……雨の日にも同じように採れるみたいだから」
満月の光で固める前の石は特に脆く、地面に触れてしまえば普通の水滴として土に染み込んでしまう。雨と露を固めた石だから、雨露の石という名前なのだ。
「なんでアワユキはだめなのー?」
「濡れたら綿の実と一緒にアワユキの天日干しをしないといけなくなるからよ。こんなに雨が強いなら、《乾燥》の魔法になるかも」
多少の天日干しであれば、アワユキも日向ぼっことして受け入れる。しかし今は、重い黒木の窓の向こうから叩きつけるような雨音がしているのだ。アワユキは何回かかけたある日、突然「《乾燥》の魔法、なんかやだー」と言い出した。私の魔力では一気に服を乾かしたりできないのだけれど、それでもアワユキにはお気に召さなかったらしい。雪の精霊だからかもしれない。アワユキも魔法をかけられるよりは、と留守番に頷いてくれた。
結局、ルイスとラトウィッジが石を採りに行くことになったので、石を持っておくための草編みの小箱をひとつ、持たせた。最後に雨露の石を採ったのは随分前だから、草も少し傷んでいるし、何より当時は一人だったのでひとつしかない。今度、これも五つ作ろう。
「なるべく、石と石はくっつかないように遠ざけて箱に入れるのよ。くっついちゃったらくっついちゃったで、使い道はあるから無理はしないで。そして何より、寒くなったりしたら帰ってくること」
「「はあい」」
たとえ寒くてもびしょ濡れでも、《ドール》がそれだけで病になることはない。とはいえ見てて気にはなるので、そう念押しして二人を送り出した。
私はパンをひとつ齧ってから、魔綿を紡ぐための用意をすることにした。
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