第683話 クロスステッチの魔女、綿の実を摘む

 でき上がった刺繍に問題がないことを、皆に確かめてもらう。そして、満足の行った私は頷いて、《魔女の箱庭》を開いた。足元が硬い木と柔らかい土の両方を踏んでいる感触になり、魔力をしっかりと含んだ植物達の、青臭い匂いがする。私は魔綿を植えた一角へ進み、すでに熟している綿の実をいくつか摘み取った。《成長》の刺繍は魔綿畑のすべてを覆えるほどはないので、一番綿の実がついていないところを刺繍布で覆った。少し前に、ここの綿は摘んだばかりだ。普通の畑では肥料をやるところだけれど、私は砂糖菓子を多めに砕いて撒く。ここは《魔女の箱庭》、魔力から生まれた魔法の砂糖菓子は何より上等な肥料だった。


「悪いけど、急ぎなの……育って! 魔綿の実が熟して、弾けるまで!」


 魔法へ魔力を流し込むと、魔法で覆われた魔綿が急激に魔力を吸い上げるのがわかる。魔法は箱庭の空気から魔力を吸い取って魔綿に与え、砂糖菓子の魔力もカケラに至るまで食い尽くし、土の魔力ももぎ取って行った。それでも量が足りないのか、私自身の魔力も少々持っていく。魔力の吸収が落ち着いた時、刺繍布を外す。するとそこには、しっかりと熟した魔綿の実がいくつも実っていた。よく熟した証に、爆ぜて中の白いところが晒されている。


「これ、すごいわね……これがあれば、行けるかも!」


「マスター、その前に魔力をちゃんとした方がよろしいかと」


「そこだけスカスカになってるよー?」


 私が収穫した魔綿花をルイスに預け、さらに魔法を使おうとしていると、ルイスとアワユキからそんなことを言われた。どうやら、急激に育てる分、魔力を吸い上げたからやっぱり、土や空気が変わっているらしい。まだ魔法で成長させるつもりだったし、何よりこのまだらな環境は他の植物に影響を与えるかもしれない。

 私は《砂糖菓子作り》の魔法で沢山の砂糖菓子を作ると、それらを砕いて魔力に飢えた土と空気に捧げた。細かな光の粉になって、砂糖菓子は消えていく。より効率よく捧げるには薬研で細かくした粉が一番だけど、今回は速さを優先した。それでも事足りたのか、それほど飢えていたのか、あっという間に砂糖菓子は消えていく。


「うーん、これで大丈夫そう? こういう感覚は、多分、私達の中でアワユキが一番だと思うのだけれど」


「ほんと? うん、魔力たっぷりでお腹いっぱいって感じだよー!」


 それはよかった、と私は笑って、また魔綿を魔法で育てる。今度は、さっき育てたのとは別の株にした。

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