第670話 クロスステッチの魔女、蒐集を見せてもらう

 イルミオラ様に奥に案内していただく。少し長い廊下には、魔法の気配のする扉がいくつかあった。こちらから見える範囲だと普通の厚い、飴色の木の扉にしか見えない。しかし、何やらカラクリが仕込んではあるようだった。


「ここの扉は、私にしか開けられないようにしていてね」


 そう言って、イルミオラ様が一番大きな扉の取っ手に手をかける。これもまた飴色の木製で、優美な銀色の曲線は……多分これ、飾り鋲だ。魔銀を魔女が鍛えて作ったモノの気配がするから、これもタダの飾りではないのだろう。魔力が取っ手から走り、扉に彫り込まれた細かな装飾を駆け巡るのが、確かに感じ取れた。重い音を立てて扉は開いて、招かれるままに奥へ進んだ。

 入って真っ先に、薄暗く感じた。廊下には少々の魔法の明かりが飛んでいて、石造りの大きめな家である分、どうしても出てしまう窓から遠いところの光を補っていた。それがここにはないだけで、余計に暗く感じてしまう。


「さあ、ここが私の蒐集部屋だ。壁をご覧」


「わぁ……!」


 一、二歩歩いたところで、この部屋の作りが四角ではなく丸であることがわかった。中央には、座り心地の良さそうな白い革張りの椅子がひとつ。曲線を描く壁に作り付けられた棚の中には、自ら光を発するカケラや《核》が沢山あった。硝子か水晶の瓶に入って、培養中のものもある。これらが自ら光っているから、この部屋には明かりがないのだ。窓もなく、魔法の明かりもない部屋なのに、まったく暗いと感じない。


「すごいです、こんなに沢山!」


「前にも見せてもらったけど、また増やしたねえ」



私と一緒に見に来ていたお師匠様も、そんな感想を漏らす。様々な色が棚中にびっしりとあったけれど、よく見ると赤が一番多かった。次に黒、青。もちろん数が多いから、緑や黄色、桃色、透明なもの……本当に、たくさんの色があるのがわかる。これらはすべて、人間の心から生まれたものなのだ。


「すべてをあたくしが自分で採ったわけではなくてね。競売は、《核》も出ることがあるし……《夜市》や《小市》で買うこともあるから」


「それでもこれだけ揃えてるなんて、やっぱり頼ったことに間違いはなかったね」


 お師匠様がうんうんと頷く。棚の一角には、色が混ざったカケラが並べられていて、これも綺麗だった。ひとつの色を煮詰めた《核》と違って、このマダラ模様には心の複雑さが垣間見える。赤と青、黄色と緑、桃色と透明……まではいい。

 にくしみ桃色あいじょうの混ざったカケラに、心の割り切れなさを見た気がした。

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