第651話 クロスステッチの魔女、瞳を受け取る

 空気が緩んで、お天気のいい午後のこと。落ちてきた日を見て外に干していた洗濯物を取り込もうとした時、ずっと首にかけていた袋が、ふるふると震えて魔力を発した。ここへおいで、ここへおいで、と呼ぶように。


「あっ」


 それは残しておくようにと言われた、瞳と引き換えだという証の札。粘土細工の二等級魔女メリンダ様から来たこれが揺れているということは、とうとう瞳が届くのだ!


「何か来る感じがします」


「届くのよ、メリンダ様のお手製の瞳が!」


 私はウキウキして、「ルイス、新しくいいお茶を淹れて頂戴!」と頼んだ。すぐに頷いたルイスがお湯を沸かすと、ティーポットまで楽しそうな音を立てている気がする。


「楽しみですね、マスター」


「茶葉もちゃんと新しいのにしてね」


 普段なら二回くらいは使い回すけれど、せっかくなのだ。ドールアイとはいえ、ちゃんとした新品の茶葉で淹れた紅茶で迎え入れることにする。

 ルイスがポットにお湯を注ぎ、紅茶の甘い香りが広がる。そんな頃に、私の家の前に誰かが来たのがわかった。


「ごめんください。クロスステッチの三等級魔女、キーラ様はご在宅ですか?」


「はぁい、今出ます」


 きっとドールアイを運んでくれたのだ、と思って扉を開けると、小包を両手で持った知らない魔女が立っている。

 長い金髪に、黒い細かな刺繍がされたワンピース。顔には大きな仮面を被っていて、瞳の色はわからなかった。白い仮面は笑っている人を模っているもので、おかげで表情もほとんど読み取れない。私とあまり変わらないほどに大きいから魔女だろうと思ったけれど、もしかしたら特注する必要があるという一番大きな《ドール》かもしれない、なんて思ってもしまった。


「クロスステッチの三等級魔女キーラ様ですか?」


「はい」


 私が頷くと、彼女は自らを「粘土細工の二等級魔女メリンダ」と名乗った。他ならぬ、製作者ご本人らしい。私の首にかけていた引き換え札を求められたので、それを素直に渡すことにした。


「警戒心の薄い人ですね。まあ、私は本物のメリンダですが……これからは、少しは本物か確かめてからにしてください。もし盗まれても、助けられませんので」


「後は《核》さえ決まれば、新しい《ドール》につけてそのままにしてしまいますよ」


 初対面の魔女にややお小言を言われながら、私は小さな箱を受け取った。その場で開けてみると、確かにため息が出るほど美しいドールアイが一組、上等な布に包まれて私の手元にあった。

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