第633話 クロスステッチの魔女、街を発つ
私はしばらく街での滞在とお仕事を楽しんだ後、次の目的地に向けて移動することにした。魔女組合で色々と私が調べていると知っていた魔女の一人が、今度、小規模な魔女達の寄り合い市があると教えてくれたのだ。
「一番大きいのはもちろん、年に一度の《魔女の夜市》だけれどね。時折、個人的に小規模な集まりをする魔女達がいるの。今度、《ドール》を作る人形師魔女達の集まりが、パインロルトの街であるんだって。行ってみたら、あなたの参考になるんじゃないかしら」
教えてもらった日付は案外近かったが、パインロルトの街はここから遠かったはずだ。広げてもらった地図を見てみると、確かに遠かった。なので、慌てて出発を決め、簡単に食べ物を買い足し、組合や酒場に別れを告げる。私達がそれなりにお世話になった人々に挨拶をすると、彼らも別れを惜しんでくれた。お世辞でも、惜しまれて別れられるのは悪い気分じゃない。
「いい仕事をしてくれるから、住んでくれてもよかったのに」
「また何かの依頼を、あなた指名でさせてもらうかもしれないわね」
「魔女様が通ってくださってて、ウチも嬉しかったんですよ。よければ、また来てくださいね!」
「これ、弁当にしとくれ、魔女様」
私達は、このエリンガルムの街にとって心地の良い訪問客でいることができたと思う。手を振って、気持ちよく出発することができた。
「いい街でしたね、マスター」
「ええ、とっても! また来たいわね」
たまたま立ち寄っただけの街なのに、居心地もいいからちょっと滞在も伸びてしまったし。私は急いで《探し》の魔法を刺して、門から街を出る。門をくぐって箒にまたがり、飛ぶ間際に《探し》の魔法に魔力を通しながら放り投げた。
「——パインロルトの街へ!」
魔法の鳥が道を示し、私はその方角へ箒を飛ばす。パインロルトの街に到着するまでは、何回か適当なところで夜を明かす必要もあるだろう。時折面白そうなものを拾ったりしながら、私達はパインロルトの街に向かうちょっとした旅をした。
「このお魚、もう食べられないのが惜しいねー」
「あら? あるじさま、何か紙がありますわ」
なじみになっていた酒場の、クマのような男が持たせてくれた弁当を開けてみると、あの店の名物の魚料理と厚く切ったパンがあった。その下には、油紙が一枚。明らかに字が書かれて折り畳まれているそれを広げてみると、中身はどう見ても店の料理のレシピだった。私が一番気に入っていた料理の、ソースの作り方だ。
『魔女様なら、悪い使い方もしないでしょうから』
という走り書きが、嬉しかった。
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