第609話 クロスステッチの魔女、帰りそびれる

 私はやや恥ずかしい思いもしつつ買い物を終えて、財布を確認する。そろそろ、今の財布に入っている小銭で買えるものはなさそうだった。


「そろそろお金も無くなったし、家に帰ろうかな」


「そうなんです?」


「さすがに銅貨と鉄貨がちょっぴりじゃあねえ」


 銀貨一枚になるかどうか、という量なのだ。鉄貨は銅貨の補助だから、かき集めて銅貨に繰り上げるようなものだし。


「さすがにこれじゃあ、飲み物も買えないと思うから……今日は帰って、靴や鉢植えを飾ったりしたいと思うの」


「わかりました」


「なら、仕方ないねー」


「マスター、返ったらお靴を飾るのではなく履いてくださいな」


 三人がそれぞれに頷いたので、私はなんとか《魔女の夜市》の出口に向かって歩こうとし始めた。もっとも、夜市は夜通し続くから夜市と言うのだ。今から来た魔女もいて、さらに店を回ろうとする魔女、引き返したい魔女、沢山の魔女でごった返している。

 それらの中で人波に揉まれ、引っ張られたりしながら、私達は箒に乗れる出入り口の門に向かって歩いていた――はずだった。気づくと、明らかに全然違うモノが並んでいる一角に迷い込んでいた。魔女越しに見える屋台には、陶器製の手足や頭、核、胴体などなどが並べられている。《ドール》そのものを取り扱う一角に、来てしまったようだった。


「新作の《ドール》素体だよー」


「修理相談、手ひとつから受けまーす」


「新しい絹糸製の髪の毛、色んな色で用意してるから見ていってー」


 呼び込みの声を聞いてみると、お師匠様のような修復を得手とする魔女も来ているようだった。そちらの屋台を覗いてみると、金や白い糊で継いだ部品が並べられ、自らの修復の腕前を誇っている。こういう魔女もいるんだな、と思ったけれど、人の流れに流されて声はかけられなかった。


「色々な大きさの部品がありますのね……」


「こういうところで腕や足から選んで、新しい子を組んでいく魔女もいるそうよ」


 なるほど、とキャロルが頷いたのを感じた。私は結局、今年もここのお世話にはなっていないけれど。でもいつかは、と思いながらウロウロと歩いていると、とある一角に魔女達が集まっていた。それ自体は、人気のある店だとかで珍しいことではない。


「当たりますように!」


「当たってー!」


 口々に祈るようなことを言う魔女達が気になって、私もつい、集まりの中に入る。その中心には美しい、本当に綺麗な《ドール》の目が二対、ビロードの布の上に置かれていた。

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