第606話 クロスステッチの魔女、新しい靴を履く

 普段だったらあまり払わないような金額を払って、靴が私の手に渡った。財布が一気に軽くなったのは、まったく気のせいではない。普段からは分不相応なほどのものだ。それだけの値段に、妥当性のある靴だった。


「あの……早速、履いてみても?」


「ええ、椅子はこちらに用意してます」


 元は彼女の休憩用の椅子だったのだろう、上品な木の椅子に腰掛けた私は買った靴を履いてみることにした。これで《魔女の夜市》の残りを歩き回ったら、傷ついたり汚したりしてしまいそうなので……この店舗の中だけ数歩歩いたら、すぐに元の靴に戻すつもり。


 元の靴を脱ぎ、恐る恐る、新しい靴を履いてみる。リボンを解く前に足がはまりそうだったので、まずは右足から入れてみることにした。靴底の方に魔法の気配がするので、履く前に指で触れてみる。表からは見えないところに何かの模様が刻まれていて、おそらくはこれが魔法のようだった。ここではよく見る魔法だから、正体はわかる。《大きさ替え》と、何かの魔法を組み合わせたものだ。すっぽりと入り、心地よい革の感触で足が包まれる。どうやら、リボンは本当に飾りだったらしい。そのまま左足も入れてみて、ゆっくりと立ち上がった。


「すごい、ぴったり……!」


 《大きさ替え》の魔法を発動させる必要もなく、靴はしっかりと、過不足なく私の足を覆ってくれた。本当に、まるで誂えてもらったかのようだ。


「よいお買い物ができたようで」


「はい、ありがとうございます!」


 店員の魔女にそう答えながら、私は自分の足を持ち上げてみて眺めたり、少し歩いたりしてみた。売り物を眺めていた魔女達が、「あら、いいお買い物ができたのねぇ」と微笑ましいものを見る顔で私を見てきたのは、少し照れくさいけれど。


「よくお似合いです、マスター」


「とっても素敵!」


「お服も、お服も新調なさって、あるじさま!」


 服は真面目に予算が足りなくなるので、気持ちだけ受け取ることにして。私は少し歩いた靴を大事に脱いで、今日のところは持ち帰ることにした。この靴が元々入っていたという箱をもらい、その中に靴を入れる。


「じゃあ、ありがとうございました。靴、大事にします」


「しまいこみすぎないで、時々は履いてあげてくださいね」


 店員の魔女と《名刺》を交換しあって、私はこのままでも空を飛べそうな気分で店を出る。カバンに靴をしまい、その上に《ドール》達に座ってもらって、他のお店を見に行くことにした。魔女向けの鋏や裁縫道具なんかも、《魔女の夜市》では売られているのだ。新調の予定はないけれど、見ているだけで楽しいものだった。

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