第603話 クロスステッチの魔女、自分の買い物も見に行く

 小さな手鏡に小さな植物。さすがに小さな魚は、旅であちこち歩く中で連れて歩くのは難しいだろうと思って見るだけだったけれど……小さい服や靴が並ぶ屋台も、見ているのは面白かった。


「マスターもお洋服買いましょうよ」


「えー、まだこのあたりを見ているの楽しいから、こうしていたいのに」


「アワユキ達にだけ買い物するの、だめなのー!」


「あるじさまの、かわいいお姿が見たいわ」


 カバンの外に出してしまうと、魔女の多い《魔女の夜市》では人ごみ……魔女ごみ?ではぐれてしまう危険性がある。だから、カバンに収まる大きさの《ドール》は、基本的にカバンの中に入れておくのがここの決まりだった。三人ともカバンから顔だけ出して大人しくしている姿を、他の行きかう魔女や大きすぎて一緒に歩いている《ドール》は微笑ましいものを見る目で見てくれている。


「私の服とかは見れたらいいなーって思うけれど、このあたりからは離れているみたいだし……まあ、行けたら行くわ。狙って行こうにも、ここがどこだかわからないし」


 何せ、同じような大きさの屋台が所せましと並んでいるのだ。色と文字の組み合わせで、店の位置を確認すること自体は可能なようだけれど……。正直できる気がしないし、こういう時にふらっと行って運と気の向くままに行けば、いい出会いができる気がしていた。


「あっマスター、あっちの方……ほら、奥に見えるのは、魔女向けの大きい服のようですよ! あっち行きましょう、あっち!」


「えー、まだもうちょっとこっち見てたいんだけど」


「アワユキもかわいい主様見たいー!」


「わたくしも見たいです」


 三人から詰め寄られ、私はまだまだ見ていたかった小物の並んでいた列から、魔女向けの物を売っている列へと移動することになった。


「ここは……服屋?」


「ええ。魔女向けの服屋をしております。やっぱり、魔女には黒いドレスですからね。好きな服装をすること自体は咎めませんが、黒が似合う女こそ、魔女らしい魔女というものだ……と私は自負しております」


 最近は人間の中にも少しずつ、既製服という概念ができているらしい。お仕立ての方がもちろん自分の体に合った服ができるけれど、この方が安いのだそうだ。魔女としては、こういう場所で売っている《ドール》の服を自分達にも適応させただけ、と言われたらそうなのだけれど、最初にやった魔女はいい考えをしていると思う。


「マスター、マスター、このおリボンがついたの似合いますよきっと!」


「まあルイス、それよりもこっちの方が」


「これの方がいいってー!」


 カバンから口を出す三人に、店員の魔女が吹き出した。

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