第601話 クロスステッチの魔女、《魔女の夜市》に参加する

 喧騒の中、私はあちこちの店を気まぐれに見ていくことにした。小さな服や家具、装身具、吹けば飛ぶような大きさのものが広くない屋台に、所狭しと並んでいる。魔法のシャボンがたくさん並んでる店は、どうやらいっとう小さなものを扱う店らしい。


「あの、このシャボンはどんな魔法で作ってるんですか?」


「売り物が風で転がっていってしまわないように、《保護》の魔法をかけているんです。シャボンの形をしているけれど、本当はあるようでないから……普通に商品に触れていただくこともできますよ。お代をいただいたら解除します」


 かなり小さな櫛や手鏡を売る魔女は、私にそう言ってひとつ手に取るように薦めてきた。おそるおそる、小さな手鏡を持ってみる。鏡なんて魔女になってから持ったものだけれど、これは本当にちゃんとした手鏡だった。何せ、ちゃんと私の顔が映るのだ。鏡面の周囲や持ち手には、高級な手鏡がそうであるように、模様が彫り込まれている。ちゃんと、蔓草の模様ができているのだ。見えづらいところだからと言って誤魔化したりもしない、綺麗な鏡だった。


「すごいわ……」


 素直な、簡単な声が漏れた。ここに屋台を構えることを許されているのは、組合へ応募した中から選ばれた魔女なのだという。工房を構えた職人魔女や、自分の趣味で細工をしている趣味人魔女まで、事情も色々。お値段も色々。


「いつかはこういうところに屋台を構えてみたいけれど、私は刺繍の一門だからなあ……」


「あら、私は編み物の一門よ。下に敷いてるドイリーの方が私の魔法なの。細かい細工は、趣味ね」


 なるほど、言われてみると商品の下に敷いてある編み物は魔力を持っていた。この魔女は趣味人の方らしく、ちらりと見た値段も覚悟していたよりかなり安い。


「うちの子に持たせてみてもいいかしら?」


「どうぞ!」


 了承をいただいたので、カバンから顔を出していたキャロルを呼び寄せた。《ドール》に空を飛ばせる魔法はもうかなり広まったようで、「うちに来るお客さんもみんな、そういうのを着せてるわ」と彼女が呟く。


「大きさ、どうかしら? ある程度なら魔法で調整できるからね」


 キャロルの手に手鏡はすっぽりと収まり、彼女は好奇心を宿した瞳で鏡に映る自分の顔を見ていた。


「これ、くださいな。あと、あなたの《名刺》も」


「構わないわ、あなたのもいただけるかしら」


 銀貨を払い、手鏡と小さなボタンをもらう。私も、三等級になった後に作り直したくるみボタンの《名刺》を渡した。

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