第556話 クロスステッチの魔女、土の精霊溜まりを目指す

 次の日、私は干し肉の一束を代金に宿屋を出た。これくらいの慎ましい宿でも、人間だった頃のベッドより上等だからよく眠れる。たまにはこういう場所に泊まるのも、悪くなかった。


「マスター、どうして今日は飛ばないんですか?」


 私は箒に乗らず、珍しく歩いていた。自分でも、本当に久しぶりな気がする。《ノーユークの精霊溜まり》は、宿屋のご近所に干し肉を買いに行くのとは訳が違うのだ。ちょっとした山登りの覚悟がいりそうな、入り組んだ道がうっすらと草の中にある。歴代の巡礼者やアルマンが、踏み固めてできた道だ。私が飛んでいくことで、その道が消えるのを早めてしまうことは嫌だった。


「道が消えてしまったら、みんなが困るのが半分。それに、これから向かうのは土の精霊が集まる精霊溜まり――その力を感じるなら、土の上を歩くべきと思ったの。まあ、道が消えないようにが七割だけどね。巡礼者は、隊商ほど多くないから」


 久しぶりに歩いて、ほとんど山道と言える場所を歩いて行く。緩やかな上り坂から始まって、周囲の景色がゆっくりと変わっていくのを眺めながら歩いていた。それに、魔力の気配はずっとしているから、その中でも魔法植物を見て摘み取ることができる。石も数個拾いながら歩いていると、ガサッ、と草むらを何かが鳴らした。


「あ」


 久しぶりに、魔物を見た。イタチの両手の爪が、異様に鋭くなっている。額には魔石があり、よく見るとイタチの爪は鋭くなるまで石を磨いたものになっていた。魔鼬の中でも、土の力を過剰に取り込んだモノなのだろう。キャロルとアワユキを下がらせ、私の前にルイスが躍り出てきた。


「マスター、みんな、下がっててください!」


 訓練を欠かさなかったルイスの、剣の構え方に迷いはない。私は投石用の石を一応手の中に入れておきながら、ルイスの頑張りを見守ることにした。随分と、張り切っているようだから。


「やあぅ!」


 魔石を砕きやすいよう、大体の剣には魔法がかけられている。暗殺とか対人用の武器でなければ、ほぼ必須だ。ルイスの剣にも、もちろんかかっている。何合か爪と打ち合ったルイスの一撃が、あっさりと額の魔石を砕いた。そのまま、彼はイタチにトドメを刺す。


「マスター、見ててくださいました?」


「ええ、見てたわ。強くなったわね、ルイス。これからも時々地上を歩く時は、ルイスに守ってもらおうかしら」


「お任せください!」


 ルイスは満面の笑顔で剣の血を拭う。イタチの肉はおいしくないらしいので、皮を剥いで爪をもらったら、肉は道から離れたところに置いていくことにした。

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