第542話 クロスステッチの魔女、年越しの祭りをする
なんとかごちそうとコイン磨きなどの、年越しの用意が終わった時には……年を跨ぐ夜が、訪れようとしていた頃合いだった。冬至を過ぎたとはいえ、冬の日はまだまだ早く去っていく。今日は魔法の灯りだけでなく、前に買っていてそのままにしていた蜜蝋燭も灯した。
「まあ、珍しいこともあるんですね」
「たまにはね。蝋燭って贅沢な感じがするんだけど、いいでしょう?」
魔法があるのに、わざわざ火を用意する理由がない。というわけでつい今までの沁みついた習性で買ってしまっていたけれど、しまい込んでいた。マッチで火をつけると、甘い蜂蜜の匂いが漂う。蜂蜜はケーキにも混ぜているから、ぴったりだ。
「いい匂いー!」
「いい匂いよねえ」
蜜蝋燭は、ちょっとした贅沢の匂いがする。あの村では、獣の脂から作った蝋燭がほとんどだった。それこそこういった年越しの祭りや、結婚式なんかに、この匂いを嗅いだものだったっけ。離れて時間が経っているから、そういうことを思い返せるようになっていた。
「じゃあごちそうを並べて、お祝いをしよっか!」
鍋からたっぷりの具沢山シチューをよそい、喜ぶ三人に手伝ってもらいながら皿を並べる。魔法で作りたてのパンを大きく切って、砂糖菓子も積み上げた。
時間をかけて煮込んだから、すべての具材が柔らかくほぐれていく。というか、一部の芋は想定より溶けてしまっているような気がした。絶対に小さくなっている。まあ、そんなこともあるか、と思いながら飲むと、やっぱりおいしく作れていた。
「おいしいです!」
「おいしー!」
「ありがとうございます、あるじさま」
「上手に作れてよかったわ」
褒められると、悪い気はしない。鍋に一杯作りすぎてしまったから、当面の間、食事はこれになりそうだった。ちょっと食料を使いすぎた気もするけれど、祭りだからこれでいいやとも思えた。魔法で作るパンだってあるし。
「それからケーキも食べよーう!」
シチューでおいしくお腹を満たした後は、ケーキを食べることにした。干し果物とナッツ、蜂蜜を混ぜ込んで焼いたケーキ。それを切り分ける時にこっそり、ケーキの下に銀貨を入れておいた。焼くときに混ぜ込むのが間に合わなかったのは、内緒のことだ――お師匠様の育ったあたりでは、そうするものだったらしい。
「どうかしら?」
これも、初めて作った割にはおいしくできたと思う。《ドール》達もこくこくと頷いてくれて、私としても満足だった。楽しく話しながら、年越しの夜の月がゆっくりと頭の上へ行こうとしているのを見ていた。
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