第540話 クロスステッチの魔女、少しずつ旅の支度をする
春になれば、また旅に出る……その前に試験結果を聞いてからだけど。そう決めてから、私はちまちまと旅の支度をするようにした。入れっぱなしになりがちなカバンの整理に、必要そうな魔法の洗い出し。雪の晴れ間の間には、食品以外の必要そうなものを買いに行ったり、採りに行ったりもした。楽しい目標があるというのは心の踊るもので、私は鼻歌を歌いながら長旅の用意をする。
「マスター、今度は色んなところに行くんですよね」
「ええ、そのつもりよ。暑いところも寒いところも、色々!」
「アワユキもたのしみー!」
「私も、楽しみです」
キャッキャッと四人で盛り上がりながら、寝袋の傷んだところに布を当てる。旅で使いそうな魔法を作り溜める。庭の手入れをして、枝の観察日記も書いた。人に見られることを気にして、手製のノートに書いてみたりもした。……直接そのままに書くのは怖くて、先に切れ端で下書きをしてからだけれど。
『――今日も変化なし。《保存》魔法の効果なのか、植物の種かつ鉱石としての特性ゆえか、観察日記を始めてからの変化はいまだに見られない。内包している魔力も変わらずに豊かなままで、このまま百年置いても何も問題ないように見える』
観察日記を書くのは数日に一回だけれど――何せあんまりにも変化がないので、毎日眺めはするけど書かなくなってしまった――、暦をうっかり忘れないためにも案外有効だった。何せ、暦を意識することの方が少ない生活だ。こんな暮らしをしていると、年越しがいつかもうっかり忘れかける。というか、かけていた。
「あるじさま、もうすぐ年越しですわね。何かされるんです?」
「あ」
ある時、私が書いていた観察日記を見ながらキャロルにそう言われて、忘れていた自分に気づいた。メルチやアワユキが来てドタバタとしていた時も何もできなかったし、年越しの夜会に招待された時もそれどころじゃなかったし、ニョルムルの時は確かその前に呪われてしまったので、今年くらいはちゃんとしようと思っていたのに!
「まずい、完璧に忘れていたわ」
「……そんな気はしてました」
「だったら教えてくれないかなぁ!?」
ルイスにさらっとそんなことを言われながら、私はとにかく必要なものを切れ端に書き出してみることにした。確か、お師匠様の家での年越しに必要なのは――
『おいしいもの、新しい蝋燭、ピカピカになるまで磨いた銀貨、揚げ菓子、卵料理』
確かこんなのだったはずだ。冬の最中に年越しを派手に祝うのは、あの村でもやっていたし。私もやっぱり、やることにした――今回こそは。
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