第526話 クロスステッチの魔女、ちょっと昔を振り返る

「ではとりあえず、受験の終了を祝って……乾杯!」


「「「「「かんぱーい!」」」」」


 お師匠様の家に戻って、葡萄酒でささやかな乾杯をする。普段はあまり酒を飲まないから、こういう時には特別感があった。飲まないのは単なる癖というか、思えば別に飲んでも誰にも咎められないのだけれど、紅茶ばかり飲む形で自分ができてしまっているだけなのだけれど。今度、家で蜂蜜酒なら作っていいかもしれない。


「四等級の試験結果が出るまで生きた心地はしませんでしたけど、今回はちょっとマシなんですよね」


「自信、あるの?」


「絶対受かってるはず、とまでは言えませんが、まあ、四等級の時よりは」


「絶対落ちたー、って半泣きで帰ってきてたわね、そういえば……」


 当時は慣れないことしかしない試験で、生きた心地がしなかったのだ。自分の名前しか読めて書けなかった女が、筆記試験を受けるのだから。とはいえ当時なんとかなったという自信が、今回にもつながった気がする。四等級の勉強をしていた時は、長い問題文を見ただけで泣きたくなっていたから。試験当日も、泣きそうになっていた。装飾字体の『四等級魔女試験問題文』の文字を一瞬読めなかったから。


「まあ、あの頃よりは成長したんですよ。背は伸びてないですけれど」


「魔女はそうそう背丈なんて変わらないからねえ。横が増えすぎないように気を付けるのよ」


「気を付けまぁす」


 「最初の最初の頃なんて、なんで筆記試験しかないんだってごねてたわねえ」とまで暴露されて、私はつい赤くなってしまった。本当に慣れてなかったのだけれど、強制的にでも文字を学んでおいてよかった、と今では思う。


「文字の読み書きができるようになって、よかったなってことはあったんですよ。だから、筆記試験しかなくてよかったとは思っています。そうでなければ、私は今も自分の名前しか読み書きできないままだったと思いますから」


 この世には代読屋や代筆屋だっている。ルイスは賢い子だし、《ドール》に読み書きをやらせて暮らしていただろう。苦手なことから逃げ続けても、きっとなんとかなってしまったんだろうと思える。いいか悪いかで言えば、いいわけないと、今は思うけれど。


「魔女になるような女はたいてい、読み書きを習えるような女が多いからね。特にあたしらはそうだ。あんたみたいな女が魔女になるときは、《外れ者》の女に引き取られるのが多かったからね……だから筆記で問題なかったんだよ」


「あー、言われて見たら納得しかないですね……」


 そんな話をしながら、また一口葡萄酒を飲んだ。

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