第520話 クロスステッチの魔女、実技試験を終える
白かった布に、ひとつひとつ赤い糸が渡る。赤いバツ印がいくつもいくつも、私の布に広がっていった。間違えないように数はよく数えて、針で穴を軽く刺しながら「いち、に……」と口の中で小さく声を出した。また周りは見えないようになっていて、周囲がどんな様子かはわからない。おかげで、他の魔女がどんなペースで刺しているかを知らずに済んでいる。これで他の魔女たちがさっくり刺繍を終えてしまっていたら、緊張と焦りでダメになってしまうところだった。
(これで半分以上は刺せてる……時間は)
砂時計を見てみると、半分より少し多めに砂が落ちているようだった。とはいえ、あんまりのんびりもしていられない。見直す時間も欲しいし、間違いがあった時に刺繍は簡単には直せない。というより、直すのに糸を解かなくてはいけない。間違えたところだけ解く、ということが刺繍はできないのだ。ひとつの長い糸をあちこちに渡らせているから、直した場所によっては大半を解かないといけなくなることも珍しくない。
(心配になってきたから、確認しよう)
ひとつ、ひとつ。図案と突き合わせて、右手の針は布に、左手の指は図案に添えて数を数える。真ん中から右に二目、上がって横に三目、上に二目……。少し時間をかけて、よく確認した。解かなくてよかったことに、心底ほっとする。
(問題なかったから、早く残りを刺してしまおう)
引っ張りながら一目一目を刺していって、完成に向けて頑張っていく。やっとできた、と思って顔を上げると、もう砂時計の砂はほとんど落ちきるところだった。キラキラとした白い砂が、時間が過ぎることを示すように止まることなく落ちていく。
最後にもう一度確認しようと、図案と出来上がった魔法を見比べた。いい出来栄えだと思って、我ながらほれぼれしてしまう。家で練習のために作った魔法と比べると、むしろ家のより出来がいい気がした。
「……やめ!」
声が聞こえて、私は針と布を机の上に置いた。暗くなっていた周囲の視界が元に戻り、音が戻ってくる。出来上がった布は魔法によって回収され、私の手元から離れていった。
「では、片付けに十分。その後に一人ずつ、名前を呼ばれたら奥の部屋に行くように」
「「「はい」」」
ほう、とため息をつきながら、針や糸切り鋏をしまっていく。裁縫箱にきちんと針が揃っていることを確認し、箱の蓋を閉じた。それから何人かが呼ばれていく様子を見ながら、私が呼ばれるのを大人しく待っていた。
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