第507話 クロスステッチの魔女、練習に石を探す

 私が魔石の糸での刺繍を終えたのは、二日後のことだった。ぐいぐいと引っ張り続けていたから、手が少し痛い。しかしその甲斐あって、硬い石の糸でも綿糸のようにぴっちりと布に刺繍がついている。


「中央点から左右に三目、一目開けてぐるりと囲み、それから……よし、これでいいわね」


 いつもの糸切鋏ではなく、専用の鋏で糸の始末をする。石の糸は丈夫だから、普通の鋏では刃が零れてしまう。お師匠様が魔石糸をひとかせくれた時、そう言って私に魔石糸を切れる専用の鋏をくれた。魔石糸を織るための織り機も、布を断つ鋏も、すべて専用のものがあるらしい。私が持っているのは糸切鋏だけだけど、魔石糸をこれからも使うなら買うべきかもしれない、とぼんやり考えた。魔石糸の布はものすごく頑丈な代わり、上手く織れればひとりでに水を弾く布になるという。布でありながら石の性質も持つから、普通の布が擦り切れてしまうほどの時間が経っても頑丈なままだとも。だから、長い年月を耐える物が欲しい魔女は魔石布のカバンが人気だそうだ――頑丈すぎて、服には向かない。


「あるじさま、これで何の石を磨きますの?」


「うーん、下手に磨くと怖そうな奴はそのままにしておきたいから……何をしまい込んでいたか、見ないとね」


 出来上がった刺繍を机に置いて、倉庫にしている部屋の扉を開けた。この部屋はなるべく頻繁に整理するようにしているのだけれど、残念ながら整理のきっかけはここに物が増えることなので、毎回ややごちゃごちゃとしている。最近はそこまで新しい素材の採取をしていなかったから、今回は増えないけれど。

 魔力のある石にひとつひとつ、指先で力を感じながら触れていく。磨いて綺麗にするなら、どんな石がいいだろうか。それとも、普通の石で試すべきだろうか?


「主様ー、これ、これ磨いてみて!」


「それは怖いから練習した後にさせて! 下手なことして、中の子を怒らせたくないわ!」


 さらっとアワユキが持ってきた石を元の場所にしまわせていると、いつの間にかルイスが「これはどうです?」と石の一つを持ってきてくれた。淡い薄緑色の石で、無骨でゴツゴツとしているこの石は確か……前に河原で拾った石だ。魔力はないけど綺麗な薄緑色をしているから、と拾った石だった。


「魔力もないし、多少失敗しても多分大丈夫よね……これにしましょうか」


 綺麗な薄緑色が陽射しに透き通るよう、工夫をして石を磨いてみることにしよう。そんなことを考えながら、足取り軽く刺繍の前に戻った。

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