第499話 クロスステッチの魔女、爪紅の話を聞く

 お師匠様が魔法糸に同じ粉類をつけて、同じ糸を仕立てている姿を見ていた。


「魔法糸の素材って、どこでわかるんですか?」


「触った時の感覚かしらね……慣れだから、こればっかりは。色々な魔法糸に触れて、その時の肌感覚を覚えておくべき、というか」


 ふむふむ、と返事をしながら、何種類かの魔法糸に触れてみる。うまく説明できないけれど、確かに触れた時の魔力の感覚が違う。ルイスやキャロルの魔法糸も、きっと触ってみたらまた違うのだろうな、と思った。


「お師匠様、今度色々と触ってみてもいいですか?」


「ええ、いいわよ。まずは今の子を直してからね」


 お師匠様が作り上げた魔法糸を、鉤に引っかけていた元の魔法糸に結び付けて魔法で繋げる。普通に結ぶのでは、糸の瘤が《ドール》によくないから、ここには魔法が必要だ、というのはお師匠様が前に言っていたのを覚えていた。


「新しい足をつけてやって……それから、同じように爪も塗ってあげないといけないわ」


 確かに、《ドール》の右足の爪には赤い色が塗られていた。こういうのは魔力で取れる染料を使っていて、魔女自身の爪にも塗る人は塗る。私は、そこまで興味はなくてやっていなかったけれど。こだわろうと思えばいくらでもこだわれるらしいとは聞いている。


「これは何の染料なんですか?」


「この赤色は、兎爪紅の花を煮詰めたものよ。これくらい濃い赤になるには沢山の花を煮詰めないといけないから、結構いい値段になるわ」


 小さな、小指程度の大きさの瓶ひとつだけで、伝えられた値段はルイス用のいい家具と同等だった。とんでもないものだと思う。うっかり割りでもしたら大変だ、と内心ぶるぶるしながら取り扱うことになってしまった。


「よく見たらこの子、両手の爪にもしていますね……すごいなあ」


「依頼した魔女も爪を塗っていたわ。というか、《庭》で大量に兎爪紅を育てているって言っていたわ。その瓶も、彼女から『足を直した時に爪も塗ってほしい』と渡されていたの」


「なるほどー……」


 自分で育てて作ってしまうのであれば、なるほど確かにいくらでも用意はできる。そういう使い方もあるのか、と納得した。


「まあ、あんたの《庭》一面に兎爪紅を植えたとしても、この小瓶の半分にもならないけれどね」


「え、そんなに沢山の花が必要なんです?」


「だから高価な染料なのよ。もっと拘るといつ頃の花がいいとか、変種の数年に一度咲く花だけを使うものもあるわ」


 絶対にもっと高いんだろうなあ、と思いながら、私は爪を塗るお師匠様を見ていた。

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