第490話 クロスステッチの魔女、新技に挑戦する

 二種類の魔法を、ひとつの布の上に刺していく。別に、二枚の布にそれぞれ刺しても問題はなかった。ただ、新しい手法を試してみたかった。成長がしたかった。だから、魔法の重ね掛けをしていた。


「ここからここに糸を渡して……一度、《結界》を全部作りきってから、《弾き》を作るべきかな」


 刺繍をもくもくと刺していると、ルイスがお茶を淹れてくれていた。ぐっと飲み干して、もう一度図案を見直す。一、二、三……よかった、目の数は間違っていない。《結界》が出来上がった時には、もう夜がしらじらと明けていた。魔力を通さないようにしながら、そのまま《弾き》の刺繍を作り始める。魔力を通して《結界》ができる分にはあまり害はないとはいえ、二重魔法をかけるためには『魔力を通さないでいる』訓練が必要だとも思った。将来的には、「炎と風を一度に出す魔法」とかを作れるようになりたい。


「マスター、お手伝いできることはありますか?」


「うーん……じゃあ、糸を紡いでおいてくれる?」


 前に教えていたやり方で、と言いながら、ルイスに綿とスピンドルを渡す。キャロルとアワユキも手伝って紡いでおいてくれれば、この後糸が必要になった時に私が楽をできるという寸法だ。《ドール》の陶器の指先なら、人間や魔女のように傷めることもない。それに、《ドール》達が手伝えそうなことは正直、それくらいしかなかった。

 三人がきゃっきゃとあれこれ話しながら、私の机の向かいで糸を紡ぎ始めた。その様子をちらりと横目に見ながら、私は《弾き》の魔法を作り始める。これは、魔法で決めた範囲から、魔法で決めた相手を弾き飛ばす魔法だ。私の魔力では大したことにはならないだろうけれど、二等級魔女が作るような《弾き》の場合、人に怪我をさせてしまうほどの力があるらしい。弾き飛ばす力の強さが、魔力の強さになるそうだから。


「これでうまく行けば、《結界》で家を守った後、侵入者を《弾く》結界になってくれるはず……」


 もちろん、条件を決めるところに私と私の《ドール》達は許可するように刺繍した。それからお師匠様やお姉様と、その《ドール》達も。練習としては複雑にしすぎたかもしれないけれど、実際に使うとしたらこういうものになるのだろう、という予想はあった。だから、少し複雑な条件をつけて刺繍をしていく。


「うーん、こんな感じ、かな?」


 刺繍を一通り刺し終えたと思ったところで、図案とひとつひとつ確かめながら考える。糸を切っていいかは、迷っていた。

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