第475話 クロスステッチの魔女、姉弟子とゆっくり話す

「――そう、知ったの」


 私がもう一人の姉弟子、一人目のクロスステッチの魔女アンジェラのことを知ったと話した時、グレイシアお姉様は目を零れ落ちそうなほど見開いて、そう呟かれた。


「はい、お師匠様に教えていただきました。その、グレイシアお姉様が約束をしたがるのも、このせいだと」


「そうね、そうだわ。魔女になってから初めての『妹』で、私はあの子を可愛がってた。それが、あんなことになって……次の子には、願掛けを沢山しようと思ったのよ」


 《裁縫鋏》に堕ちないように。善き魔女であるように。約束だと言われたら、それを無視できない生き方をしてきた私が、グレイシアお姉様にぱちりとハマったようだった。


「二十年も見習いをしてたのは、お母様の過保護なところね。あなたに『お師匠様』と呼ばせたのも、アンジェラとあなたを分けるためだったのよ。あの子は私と同じで、お母様と呼んでいたから」


 そんなこと、お師匠様は教えてくれなかった。それが顔に出ていたのだろう、グレイシアお姉様はくすくすと笑って「勝手に人の願掛けを教えたお返し」と言った。


「今の妹分はもちろんあなたで、あなたをあの子と重ねたことはないけどね。というか、違いすぎて無理。ここまでまあ、見事に気質も見た目も育ちも違う子をよく連れてきたと思ったもの」


「アンジェラは家事が下手で、魔法は上手い子だったと言われました」


 そうね、と言いながら、お姉様は私にお茶菓子を勧めてくる。サクサクのクッキーをひとついただいた。おやつなんて習慣も、そういえば魔女になってから覚えたものだったっけ。


「まあ、身分の高かった娘では珍しい話ではないわ。大体は刺繍や裁縫をある程度嗜んでいるものだし、侍女がいるから家のことを自分ではしない」


「主様も大変でしたものね」


 さらっと自分の《ドール》に暴露されても、グレイシアお姉様は否定せず「そうよ?」と笑ってさえいた。私にはまだうまくできない、完璧な持ち方でお茶を飲みながら。こういうところも、家事能力と交換なのだろう。


「魔女は身分の外、どこに行っても人間の中では客分。だから色んな娘が、聖域に逃げ込むように来ることがあるけれど……身分が高いと、その分余裕があるからね。美しいと思う心、が及第点を取りやすいのよ。クロスステッチの魔女、そんな中であなたはよくやってるわ。一等級の魔女にだって、きっとなれると私は思ってる」


 それはいつもの願掛けかもしれないけれど、悪い気はしなかった。

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