第458話 クロスステッチの魔女、魔法を浴びる

 ソーニャを捕らえたというのに、《裁きの魔女》様はまだ警戒を解いていないようだった。石の中で幾重にも魔法で戒められているというのに、ソーニャは笑っている。それが、不気味だった。


「あら、あらあら、ふふふ」


「……何がおかしい」


《裁きの魔女》様の《ドール》が斧槍ハルバードを油断なくソーニャの首があるあたりに突きつけている。主からの命令があれば、すぐに白刃が石を割り肌を切り裂き首を落とせるだろう。それでも、ソーニャは笑っている。


「斬るのはおやめなさい、相手は血染めの魔女よ。自分の血に魔法を仕込んでいるに違いないわ――このまま、《裁きの魔女》の本部まで連行するから」


 そうは言いつつも、《裁きの魔女》様は近づかない。何かの魔法を警戒しているのだろう。彼女はもうひとつ、刺繍を施した帯をソーニャの石に絡めようとした。しかし、その魔法がべっとりと血で汚れる。


「作るのに時間もかかったし、このドレスを使いたくはなかったのだけれど――」


 仕方ないわね、ええ、だって本当にこのまま捕まってしまったらこのドレスは焼かれてしまうもの。ソーニャがそう言ったのと同時に、真っ赤なドレス自体に魔力が込められた。今までのようにフリルやレースに対してではなく、ドレスそのものに。


「逃げなさい!」


「動けないです!」


「じゃあ、なんとか伏せてありったけの防護魔法を!」


 《裁きの魔女》様に言われて、なんとか身を護るための魔法をありったけ取り出して使う。魔法の刺繍に傷を移すものとか、単に我が身を護るものとか、色々だ。さすがにしんどくなってきたけど、多分、ここを耐えられないとまずい。それは、私にもわかった。《裁きの魔女》様によって足元まで隠れるような大きな布を頭に被せられ、その布から何かの魔法がソーニャへかけられるより、少しだけ早く、ソーニャの魔法が発動する。


 ボン、とくぐもった音を立てて、石とドレスが爆ぜた。中のソーニャがどうなったかはわからないけれど、隠していた布に赤が散る。そして爆ぜることで生まれた力が、《裁きの魔女》様と私と、ニョルムルに向かって解放されようとした。


「ッ、封じ込めなさい!」


 人払いに張っていた結界が縮み、力を封じ込める。悪意の魔法が、人間を傷つけることのないように。それでも縮むまでの間、飛び散った石のカケラと流れた血の少しは私に降りかかった。魔法がいくつもいくつも、金色の炎を吹き上げて壊れていく。

 ――そして、力が収まった時、ソーニャの姿は消えていた。

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