第412話 クロスステッチの魔女、宿屋に帰ってくる
「あんれまあ、魔女様! この吹雪の隙間に戻ってくるとは思いませんでしたよ!」
「お風呂が恋しくて戻ってきちゃった、部屋のお風呂入れる?」
「すぐご用意いたしますね」
マルヤに驚かれながら内風呂の用意をしてもらい、さすがに着込んでいた外套を脱ぐ。少し降っていた雪が、玄関にバサリと音を立てて落ちた。明日には溶けるだろう。
「あるじさま、私達もまた湯船に入れていただきたいです」
「そうね、みんな寒かったものそうしましょうか」
キャロル達と話しながら部屋へ戻ろうとしたところで、外套をぴっちりと着込んだ人影が宿の椅子に座っていることに気づいた。
「あなた、ここに泊まりにきたの? ご飯もおいしいし、お風呂もあっていい場所よ」
「……」
私達とカリラの他は、行商人の夫婦くらいしか泊まっていなかったはずだ。そして夫妻とは話をしたこともあるけれど、大きさから見ても断じてこの人ではない。くたびれてつぎはぎのあたった鼠色の外套の下にどんな服を着ているかで、ある程度の身分がわかるものだけれど……それもわからなかった。明らかな、訳アリの匂いがする。
「魔女様、お風呂はもうすぐお楽しみいただけるかと……それからそちらの外套様は、お部屋の準備ができましたのでこちらへお越しください」
その言葉に頷いて、外套さんはマルヤと共に行ってしまった。これくらいの等級の宿は数があるから、たまたまそれらのひとつとして選ばれたのがここなのだろうけれど……あの人がどんなお客なのか、少し好奇心がうずく。とはいえ、外套さんもマルヤも行ってしまったから、今度カリラに聞いてみるのが一番だろう。そう思いながら、私はひとまず当初の目的である温泉を堪能することにした。
「今の人、びっくりしたー」
「びっくりしましたねぇ。マスター、あの人はどうしてあんなに外套に隠れてたのでしょうか」
「理由があって顔を見られたくないか、単純に寒いからとかかしら? 明日には案外、普通に顔を見せてくれるかもしれないし」
そんな話をしながら内風呂まで行くと、温かい温泉が浴槽に流れ込んでたっぷりと満たしていた。触ってみるといい温度だったので、そのまま服を脱いでお風呂に入る。知らず知らずのうちに冷えて固まっていた体が、温かいお湯にほぐされて柔らかくなる感触。体に熱が伝わって少し浮き上がる感覚は、贅沢にお湯を使える時の特権だ。
「マスター、気持ちいいですか?」
「ええ、もちろん!」
私は浴槽の縁に顎を乗せて、そう返した。
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