第411話 クロスステッチの魔女、雪道を歩く
雪が止んだのは、夜遅くになってのことだった。ベッドまで借りるわけにいかないし、自分の借りた部屋のベッドが恋しかったから、丁寧にスティルの元を辞すことにする。
「大丈夫ですか? 夜の雪道は危ないですよ」
「魔女だもの。飛べもするし、大丈夫。明日はまた吹雪くって、この子が言ってたもの」
「今は切れ目だよー、明日もまたたっぷり吹雪くよ!」
元気よく言ったアワユキに、スティルは「なるほど」と納得したようだった。香辛料入りの葡萄酒を一袋買って、スティルに頭を下げられて出ることにした。
「じゃあ、また来るわね」
「ええ、またお越しください」
雪が止んだ夜の道には、家や店の明かりがポツポツと光っていた。それらを辿るようにして、魔法の光と宿への《探し》の魔法も合わせれば、迷う心配はなかった。雪を踏む。凍った一部が砕けて、パキパキと音を立てる。霜柱を踏んだ時の感触に似ていた。もう少し凍りついていたら、足を滑らせるような氷になっていただろう。そうなっていたら、さすがに箒で帰らざるを得なかっただろう。けれど今は歩ける程度で良かったし、なんだか懐かしかった。
――頰を切り裂くほどに、鋭く冷たい風。当時の厚く、足に合わない木靴を濡らす足元の感触。雪の中でも消えてしまわないように、獣の脂を練り込んで作った蝋燭が燃える匂い。雪にも少し、香りはある。身が引き締まるような、水と風の匂いだ。
「マスター、あまり出歩いてる人はいませんね」
「ええ。もう遅いから、多分、みんなそれぞれのところで泊まってるんじゃないかしら」
「あるじさまもお泊まりになればよかったのに」
ルイスとキャロルに左右から挟まれ、私はこっそりと本音を漏らした。
「あそこではお世話になったし、葡萄酒もパンもおいしかったんだけどね。お風呂がないんだもの、お風呂で温まってから寝たくって」
「「なるほど」」
二人は納得した顔をして、「マスターはお風呂が好きですものね」「すっかり気に入ってしまわれて」と笑った。
「主様、おうちに帰ってもお風呂するのー?」
「したいところだけど、そんなに沢山は入れないのよねえ。昔に浴槽は用意してたけれど、水を汲んできて温めて、が結構大変なのよ。家のあたりには、温泉もないからね」
そんな話をしながらも、転ばないよう滑らないよう気を張りながら足は進めている。魔法で水を出して温めるのは、私の作れる魔法だと浴槽を満たすまでにかなり時間がかかるから、人間のようにするしかなかった。
「ああ、ほらついた。お風呂入るわよー!」
転ばずに宿屋に辿り着き、私は達成感と共に扉を開けることができた。
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