第343話 クロスステッチの魔女、修復の手技を学ぶ
小さな核は時間をかけて、じっくりと育った。その間に私は自分の家の手入れもしつつ、家事とお師匠様の使い走りもしていた。見習いの頃に戻ったような暮らしだ。お師匠様は私に、今度は魔女としての基礎ではなく、《ドール》の修復のことを教えてくれている。
「お師匠様、今夜は魚を焼いてみました。お師匠様ー? もう夜ですよー」
「クロスステッチの魔女がいると、修復に集中できるからと言って……これは酷いですね」
そう言ってきたのは、お師匠様の《ドール》で家事担当をしていたイースだ。私が呼びに来たのに先に気づいてくれたものの、肝心のお師匠様が気づいていないことに苦笑している。
「ちゃんとご飯を食べなさいって私に教える割に、お師匠様ご自身は集中するとご飯を忘れますよね……今更ですけど」
なにせ、二十年もこの魔女の元で下積みをしていたのだ。簡単に予想可能なことであった。
「今の私は、見習いではなく四等級魔女になったからね、お師匠様を呼ぶのに苦戦するのは見込んで、お魚には《保温》の魔法をかけてありますけど? うーん、こうして喋ってる声も聞こえてないとなると、よっぽど集中しておられるんですねぇ」
お師匠様の元には、お師匠様だからこそ自分の《ドール》を直して欲しい、という魔女達がやってくる。簡単な破損であれば私に手技を見せてくれるのは前からだったけれど、今回のように結構派手に壊れてしまっている子なんかは、お師匠様は集中のために一人で籠って作業をされるのであった。そういう作業こそ見て盗みたいところなのだけれど、気を散らせてしまって修復の邪魔をしては直されてる《ドール》にもその主の魔女にも申し訳ない。
だから、こういう時の私は黙って家のことをするのだ。後でひと段落すれば、お師匠様はどんなことをされたかお話もしてくださるから。……簡単そうにさらりと話すけど、そんなことないとは先日身をもって知った。だから最近は、話を聞く時は多少、難しさを上積みして聞いている。口で言うほど簡単ではないぞと、自分に言い聞かせているのだ。
「お腹すいた」
「お夕食の用意はできてます」
結局、籠っていたお師匠様が出てこられたのは夜中のことだった。
「今日のご依頼は、呪いで壊れた腕の修復でしたよね」
「新しい腕にした方が早かったんだけどね。思い出深い腕だから、どうしても直して欲しいという。まぁ、修復師に頼む時は、大抵そうだけどね」
お師匠様はそう言って、葡萄酒をくいっと飲み干した。
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