第313話 クロスステッチの魔女、パンと砂糖と魔法の話をする

 翌朝、目を覚ました二人は私が作った氷の魔法を見たがった。


「うう、刺してるうちに夢中になって、完全に時間を忘れていたみたい……」


「僕とアワユキは、マスターが好きに齧っていいと前に仰っていたお砂糖菓子をいただいてました。ちゃんと朝ごはんは食べてくださいね、マスター」


 ルイスに少しばかり釘は刺されたし、寝て起きてみたらお腹もすいたなと感じる。まだ私はそこまで魔女ではないらしい、なんて思いながらパンを出して食べた。


「《砂糖菓子作り》の魔法はいつでも二人が食べて魔力の足しにできるようにしてあるけれど……《パン作り》もそうしておくべきかしら」


「でもマスター、そんなことしたらパンがもったいないですよ。前に一度、魔法で出したパンでも普通に放置したら固くなるって、スープでひたひたにして食べてたじゃないですか」


「アワユキはあれ好きだったー」


「確かにバチが当たりそうね……」


 悪くない案だとは思ったけれど、確かに問題もあった。なのでそっとこの提案は引っ込めることにして、砂糖菓子の追加を出して二人に食べさせてやった。少し大きめの木の深皿の中に《砂糖菓子作り》の魔法の刺繍を敷いていて、私が魔力を通せばお皿いっぱいにポコポコと砂糖菓子が出てくるようになっている。パンと違って、この砂糖菓子は悪くなりにくい。少なくともこんな扱いで数日放置したくらいでは湿気らないし、蟻が食べに来ることもそんなにない。時折持っていかれはするけれど、そういえば人間の頃、大挙して木の実に集っていたようにこのお皿に集っては来ていなかった。魔法の修行を重ねていつか、蟻に聞いてみてもいいかもしれない。


「マスター、アルミラ様からの本には、他にはどんな魔法がありました?」


「えーっと試せそうなのは……あ! 《動物会話・四つ足》の魔法ですって」


 パラパラと本をめくっていると、そんな魔法が出て来た。鳥と話す魔法が隣のページにあって、二等級試験には魚や虫と話す魔法も出るらしい。せっかくだから、次はこの魔法を試してみることにした。説明書きを見てみると、魔物とは話せないらしい。あくまで会話が可能なのは四本の足で歩く普通の獣だけとのことで、その分必要な魔力や材料、何より描く刺繍の模様が簡単になっていた。隣の鳥と話す魔法と並べてみると、真ん中の方の模様はほとんど同じだ。


「マスター、その魔法ができたら誰とお話するんです?」


「うーん……森の獣と話してみたいけど、冬だし、狼かもしれないわね」


 うっかり襲われないようにしないと、なんて言いながら、私は刺繍を始めた。

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