第305話 クロスステッチの魔女、弟子入りを許される

 私はあの日、塔のない光景に弟子入りを志願してしまった日。気づいたのだ。パンと水の恩はあるけれど、村の人々と私は、誰とも血が繋がってはいないとずっと言われていた。だから、引き継ぐものはないことを。


『もしかして、私って、どこにだって行けるの?』


『そうだよ、キーラ。あんたは本当はどこにでも行ける子だ。前に会ったって魔女は、あんたがここで満足してるならと無理を言わなかっただけだよ』


 多分、あの頃とは少しずつ、状況が違っていた。山の実りが悪くて、真っ先に食べる物を死なない程度に減らされた冬のこととか。同い年の女の子が色鮮やかな衣装で婚約するのを、下働きしながら見ていたこととか。でもきっと、私がどこかにお嫁に行くことはないと悟った夜とか。そう言ったことが少しずつ溜まって、たわんで、あの時に弾けたのだ。

 こういうことは、ルイス達には話さなかった。うまく説明できる気がしなかったし、なんというか、二人にはこういうのとは無縁なままでいてほしかったのだ。


「それでそれで、マスターはすぐアルミラ様に弟子入りされたんですか?」


「すぐにはいかなかったわ。ちゃんと挨拶もしたかったし、多少の荷物もあったからね」


 村に戻って、魔女になる話をした。怒られるかと思ったけれど、案外、そうならなかった。


「お師匠様がお金を出したのもあるけど……どこか苦笑いして、『いつかそうなると思ってた』って言われてね。お前は食べられもしない花を綺麗だからと摘んでくる、『魔女の娘』だって」


 魔女の娘、と言っても、私の知らない母が魔女だと村の人が知っていたりするわけではなく。夜明け前から起きて陽が落ちるまで、基本的にはくるくると働くだけの村での暮らし。その中で景色や花に目を奪われるような子供を、魔女の娘と呼ぶらしい。そういう『素質』があった娘の大半は、普通の女になって結婚していったのだけれど。

 私は、そうならなかった。魔女に会えて、魔女になることを選んだから。


「それで、冬になる前に村を出たわ。箒の後ろにまた乗せてもらって、生まれて初めて、山を降りたの」


 空気そのものが橙色に染まった、秋の短い夕焼け。一部の高い木や川の水が、光を受けて金色になっている光景。村の人々の中ではなく、それらの美しい景色の中で生きる者こそが、魔女であると。美しい物に傅き、他の全てを振り捨てるような者こそが魔女だと。お師匠様はそう説きながら、私を連れて帰った。その日の夜、遅くのことだった。


「……それで留守番をしていたイースを紹介されて、そこから私の見習い魔女生活が始まったってわけ」


 そう語り終えて二人の方を見てみると、いつの間にか眠ってしまっていて。私も眠くなってきたから、小さくあくびをして眠ることにした。

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