第293話 クロスステッチの魔女、壁の華になれない

 今度靴を作らせてくださいね、と社交辞令を言ったところで、悪戯っぽくユーノ様は周囲を見回す。気づくと、私やユーノ様をチラチラと見ている魔女達が何人かいた。


「おや、あなたをずっと占領してしまっては叱られそうですね」


「まさか! ユーノ様をお待ちの方々でしょう?」


「今度は靴作りの道具を持ってる時にお会いしたいものです」


「そんならそのうち、弟子を連れて行くよ」


 お師匠様の言葉に小さく頷くと、アキ式だろう一礼をしてユーノ様は去っていかれた。もっとも、直後に魔女の何人かからは「ユーノ様」とか「ユーノ」と声をかけられていたけれど。こちらを見ている魔女の何人かは、相変わらず私の方に視線を向けていた。


「お師匠様、その……」


「あんたと話したいんだろうね。ほら、行っといで。失礼のないようにするんだよ。こっちは挨拶回りもあるし、お守りはここまでだ」


 真面目に行かないで欲しかったのだけれど、残念ながらお師匠様はカルメン様や別のご友人の方へと行ってしまわれた。少し落ち着いて夜会の様子を観察してみたかったのだけれど、それどころではなさそうだ。


「あなたが、アルミラ様の弟子のクロスステッチの魔女ね? 四等級は年越しの夜会に滅多に呼ばれないから、驚いたわ!」


「その服、ヴィアン魔女洋装店のものでしょう? 近くで見せて!」


「アルミラ様も過保護だわ、ずーっと弟子についてたら私達が話せないじゃない!」


「そこに躊躇わずに声をかけるユーノ様、かっこよかった!」


 気づいたら魔女の黒い服の輪に囲まれている。ルイスやアワユキにそれとなく助けを求めようとしたけれど、二人も抜け出せそうにはなかった。好奇心と興味の視線が注がれている。敵意はなさそうだし、グレイシアお姉様よりは礼儀に厳しくなさそうだ。とはいえ、失礼のないようにお作法の本の内容を頭の隅っこで必死におさらいしていた。


「ガブリエラ様やミルドレッド様ともお知り合いだなんて! どこで知り合ったのかしら。やっぱり、羽集め?」


「あれでガブリエラ様にお会いして、普通の魔女だと思ってた子は腰抜かすこともあるのよね」


「私なんてあの時びっくりしすぎて変な声出しちゃったの、思い出したくもない!」


 『例え魔女でも女三人、寄ればカラスのねぐらに勝てる』とは、故郷のことわざだったけれど、今とても実感している。私の上を高速で飛び交う高い声のおしゃべりがあれば、なんなら寝てるドラゴンだって叩き起こせるんじゃないかしら。


「あら、失礼。私達ばっかり喋っちゃった」


「あなたのお話も、聞かせてくれるかしら?」


 少し呆れた顔の《ドール》に服の裾を少し引かれて、落ち着いた様子の魔女の一人に改めてそう言われた。

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