第282話 仕立て屋の魔女、若い子を観察する
次はその格好のまま食事をする練習だよ、と言われてガチガチに緊張している若い魔女—―クロスステッチの四等級魔女の様子を見ながら、あたしは袖の長さを調整するべきかを考えていた。四等級魔女試験に合格した時の、第二礼装を仕立てに来た時の緊張しすぎて《ドール》より人形らしくなっていた時に比べれば、マシになっている。
「コルセットのコツってありますか……?」
「慣れかなあ。普段使いのコルセットもアルミラ様なら渡しているでしょう、寝るとき以外つけておくといいかも」
う、と彼女はわかりやすく顔をしかめた。魔女は礼装になると服装規定が途端にしっかりし出すけれど、理由は案外単純だ。人間だった頃からある程度身分のある者が多い魔女の界隈にとって、コルセットやヒールのある靴は当たり前なのだ。おかげでこの子やあたしのような、元々そういった物に慣れていない魔女は苦労をするわけだけれど。
「ローズマリー、甘いミルクティーを淹れてくれる?」
「はあい、クロエ」
この子は初めて名前をつけた頃からぽやぽやしているけれど、紅茶を淹れるのは大変に上手なのだ。ヴィアン魔女洋装店の紅茶、と言えば、愛飲者がそれなりにいる。だからローズマリーが大破してしまった時、新しい《ドール》を買うべきではないかという他の魔女の声を聞けなかった。何としてでも直してくれる魔女を求めて、辿り着いたのがアルミラ様の元だった。彼女はなんだかんだと言いながら、ローズマリーを直してくれたのだ。今のローズマリーを見て、誰が半壊した頭を直した子と思うだろう!
「あの、どうしてローズマリーはクロエ様を呼び捨てにされるのですか?」
少し変わった二人組だなと思うのは、魔女の方ではなく《ドール》の方が礼儀を気にする点だ。左右で瞳が違う綺麗な《ドール》の方が、ローズマリーの様子に少し眉をひそめている。どんな《核》が入っているのか興味があったけれど、その前に誤解を解くことにした。
「簡単よ。ローズマリーがあたしを呼び捨てにするのは、あたしがそれを望んだから。名前を名乗るのが許されてすぐにね」
「クロエのお願いなら、それは叶えてあげませんと。お紅茶はもう一杯いかが?」
お願いします、とカップを差し出した彼に温かい紅茶を注いであげているローズマリーの様子を、アルミラ様が観察しておられた。あの時の後遺症で何かあったら、すぐにアルミラ様に連絡することになっている。今までは問題なかったから連絡をしていなかったけれど、やはり気になるのだろう。前にクロスステッチの魔女の第二礼装を仕立てに来た時も、じっとローズマリーを観察してくれていた。
本当にいい魔女だと思う。この人が弟子を堕とした罰を百年受けていたのが、今となっては信じられないほどに。
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