第252話 クロスステッチの魔女、魔法の名残を感じる
遺跡を歩くと、乾いた匂いがする。伝説と違って慌てて町を捨てたのか、細々としたものが沢山遺されていた。風に転がる籠や、窓の穴から見える箪笥、放り出されて朽ちていくぬいぐるみ。ボタンの目と自分の目があったルイスは「ひっ」と小さく声を上げて、私にしがみついてきた。
「ルイス、どうしたの?」
「その……マスターは僕のこと、捨てたりしませんよね?」
不安そうに見上げてくるルイスの頭を撫でて、空を飛べる彼を抱き上げて町の遺跡を歩くことにする。アワユキはそういった不安より興味が強いらしく、上をきょろきょろ見回す方が忙しいようだった。勝手に飛んでいってしまわないよう、リボンでアワユキの尻尾を繋ぐ。
「大丈夫よ、ルイス。あなたは私の、大事な子だもの」
「随分と自分の《ドール》を可愛がってるのねぇ」
微笑ましいものを見る目で見られたけれど、甘えられたら応えてやるべきだと思っているからこれで構わない。
「私が聞いた話だと、急に町が斜面の上に盛り上がって町を捨てたというにしては、なんだか、こう……少し、違うなって。もっと何かあって、慌てて町を捨てたような気がするんです」
町の中央らしき広場に足を踏み入れてみると、屋台らしきものの残骸が転がっていた。大きな丸い盤のようなものがあるのは、かつて、ここに噴水があった名残だろうか。きっと昔は、中央の乙女像が持っている水瓶から水がこぼれ落ちていたのだろう。
「伝説は二種類あるのよ。随分と古い魔女の伝説だから、分かれていてね。町が災害に襲われ、守ろうとした魔法が暴走してこうなった、というものがひとつ。それからもうひとつは……」
意味深に彼女は言葉を切って、いたずらっぽく笑ってみせた。
「……悪しき魔女の魔法によって、魔法が狂わされたという伝説もあるの。伝説の魔女ダイアライアほどの御方であれば、こうして隆起してしまった土地を戻すことも本来ならば容易かったはず。それをどうして戻さなかったのか、ということへの説ね」
「悪意と魔力で歪められた魔法は、簡単に紐解けるものではない……」
かつて、私が処刑された女に名前を戻させてやったあれは、できたことが奇跡のようなものだ。もう一度やれと言われてもできる気がしないし、掟ギリギリの血を使ってやっと成ったものだ。魔女ダイアライアは人の素材を使うことを禁じた掟以前の伝説の魔女。それらを使えばなんとかできそうなのにしなかったという事実に、悪意の姿を見るのは魔女なら仕方ないかもしれない。
町を覆う魔力の名残。それらの隙間に、悪意の影があるかは……私にはわからなかった。
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