第246話 クロスステッチの魔女、お風呂でさっぱりする

「はぁ~……気持ちいいわね……」


 平べったい石の上に、アイシャに勧められたまま寝転がってみた。風呂場の専属だという女垢すり師に大きなスポンジで体をこすってもらうと、確かに悪いものが流れ落ちていくような感覚がある。どこかでやっぱり、故郷のようにお風呂とはたっぷりの湯を浴びるものだと思っていた私の中で、常識が広がっていく。


「楽しいでしょう、魔女様。垢すり師たちの持っているスポンジは、この辺りで採れる下し瓜の実を干して作っているんです。特に公衆浴場の垢すり師たちになると拘りますから、すごくよく落ちるんです」


 スポンジは私たちの国のあたりでも、食用にならない瓜を乾かして作る。下し瓜ということは、こちらでもそうなのだろう。こんなに大きなスポンジになるような瓜を見た記憶は、私の知っている範囲ではなかった。やはり、世界というのは広いものだ。まだ魔女として若い《肉あり》の身であれど、魔女になって箒に乗るようになっただけで、世界は広がったのだ。そして、まだまだ。新しいものを知るのは、楽しかった。


「私の故郷だと、お風呂は沢山のお湯に浸かって悪いモノを流すものだったのだけれど……こういう蒸し風呂も、いいものね」


「それって、どれくらいのお湯なんです?」


 アイシャの言葉に、私は幼い視点の記憶を思い返す。それを今の時点で直し、大きさを整備する。


「んー、こういう公衆浴場があって……昔、火を噴いたという伝承のある隣の山から、温かい湧き水を引いてきていたのよね。確か。体を洗った後に、お湯に浸かる仕組みになっていて、みんなで入る浴場が……うーんと、この垢すり場を二つ分くらい? その広さに、座って肩まで浸れる程度の深さ。それがいっぱいになるくらいのお湯って、今思うととても贅沢だったわ」


 元々良いところの出であろうお師匠様の家には、お風呂があった。けれど深さも広さも物足りなくて、独り立ちしたら理想のお風呂が欲しいと思ったけれど……いくら魔法である程度薪の代わりができるとはいえ、すべては魔法で代用できない。私の魔法の技量では、焚き付けに毛が生えた程度。私が満足する量のお湯を手に入れるには薪が必要で、諦めたのだった。今の家のあたりには、火を噴く山も近くにはないから。


「私から見ても、ものすごい贅沢ですね……」


「こっちからしたら、薔薇水とかも贅沢に見えるんだけど」


 薔薇は見るものか、魔法に使うもの。食べたり飲んだりは……身分のある家ではできるらしいけれど、したことはない。そういうものだった。

 おいしいのになぁ、と言っているうちに、アイシャは少し眠りかけていたようだった。

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