第245話 中古《ドール》、留守番する

「……マスター、早く帰ってきませんかね」


「もう三回目だよー」


 マスターのいない宿屋の部屋の中で、僕はアワユキと一緒にマスターの帰りを待っていた。人間用の大きなベッドでうつ伏せに伏せて、時折足をパタパタと戯れに動かす。なんとなく、体の中にそういう仕草が残っていた。

 アワユキの方は、厚みのある石造りの窓に座って外を見ている。外の景色を見るのが、面白いらしい。元々は雪の精霊であるアワユキにとって、暑いこの国の景色は面白いもののようだ。多分、この国に雪は降らないのだろう。だから、雪の精霊がここに来ることはないのだ。


「おそと見るの、面白いよー?」


「……僕はなんとなく、いいかなって」


 僕の前のマスターのそれなのか、あるいはもっと前――人間だった頃の何かに由来するモノなのか。なんとなく、外を見るのが嫌だった。怖い、気さえした。何故かはわからない。深く考えては、いけない気がする。


「それ、楽しいー?」


「マスターがいないから退屈です」


 何かもう少し、建設的なことをしてもいいのかもしれない。そう思った僕は、剣を振るう練習をすることにした。

 突き、払い、受け。教わった動きや、体が覚えている動きを、再現する。今までは飛んでいたこともあり、襲ってくるような魔物に会うことはほぼなかった。マスター自身の魔法も、マスターの助けとなるだろう。けれど、大人しく守られるだけでは嫌だった。今の僕には、剣がある。少しだけだけど、剣を振るう心得もある。僕はただの、魔女の着せ替え人形ではない。自分で話せるし、歩けるし、剣も使えるのだ。


「そういえば、アワユキはいいの? 自分を守る練習とかをしないで」


 備えておいて損はない、備えておくべきだ、と僕の中の誰かが言っていた。何があるかわからないのだから、と。僕の中の誰かは、怯えているようだった。それを振り払うために、剣を振るう。何度も、何度も。動きを倣う。繰り返す。時間を気にしなくなるまで。マスターが帰ってきたら、お土産話が楽しみだ。前にこうやって留守番をしていた時は、見られてはいけなかった。戻ってきた誰かも、大体は暗い顔をしていて、僕はそれが嫌で……。


(違う、それは今の僕の心じゃない!)


 振り切るように、一振り。いつのかはわからないけれど、それは今の僕が思い返すような心のカケラではない。他の《ドール》には、こういうことはあるのだろうか。そう思っても、聞いたことはなかった。聞いてはいけないと、わかっていた。


「あ、綺麗な鳥!」


 アワユキの呑気な声が、僕には何故かどこか眩しかった。

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