第238話 クロスステッチの魔女、旅先の魔女組合を訪れる
私が建物の前で高度を落とし着陸すると、リボンでできていた蝶はするりと解けた。私の手に元のリボンの姿で戻ってきたそれをしまい、目の前の建物を見上げる。赤茶色の煉瓦造りの建物には蔓薔薇が絡み付いて花開き、蔓の一部は看板を支えるように手入れされていた。屋根には大きな黒い布で造られた三角帽子があり、看板が読めない人にも何の建物かわかりやすくなっている。具体的に言うと、帽子のつばの影で文字の一部が隠れてて読めなくなってる私とか。
「なるはど、このあたりの魔女組合ですか?」
「そうよ。魔女は国には縛られないから、ここもエレンベルクの……普段出入りする魔女組合と繋がってるから、普通に入って大丈夫。それにしても、こうやって建物に帽子を被せるのはいいわね。私はかしこまりすぎてるって思うから三角帽子は基本的に被らないけど、一応は魔女の礼装のひとつだし」
《裁きの魔女》に捕まった時は帽子なんて被る暇もなかったし、試験の時以来被っていない気がしてきた。今度、虫干ししておいた方がいいかもしれない。そんなことを考えながら入口をくぐると、私の姿を認めた魔女が「あら!新顔?」と声をかけてくれた。柔らかい、甘い栗色の髪の魔女。二等級の首飾りが、彼女の胸元で揺れていた。
「西から気まぐれに採取の旅をしていたら、カバンがいっぱいになってしまったの。それで、いくつか買い取って欲しくて……」
「なるほど、それならこっちよ」
親切な魔女に案内されて、素材の買取査定をするカウンターに連れて行かれる。やり方は変わらないようで、いくつかの中身がわかってて、つい持ち帰ってしまったものを手放すことにした。
(家に帰ればあるってわかってたのに、つい拾っちゃったからなぁ……)
自生していた魔綿や、魔力を宿した露、花、石の一部。それらを渡して、多少なりともお金をもらえた。普段はそんなにエレンベルクでも素材を買い取ってもらってないから、相場はわからないけれど。増えたお金で今日は、おいしいものを食べてもいいかもしれない。
「……まずい、読めない」
依頼の紙を見ようとしてみたが、なんと、一単語も読めないのだ。私が習ってる文字をひどく崩したようなものを使っていて、なんとなく見覚えがあるのによくわからない。国が変わった証ではあるけど、言葉が通じるだけ本当によかった。一気に、遠くまで来た実感が身に沁みる。
「あのう、ご飯を食べたいのだけれど、何か頼めますか?」
私にそう聞かれた買取所の魔女は、大笑いして自分のオススメの魚料理の頼み方を教えてくれた。
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