第221話 クロスステッチの魔女、ちょっぴり褒められる

 《天秤の魔女》ガヘリア様とその《ドール》のリリィは、私とルイスに話を聞き終えると一礼して、《虚ろ繋ぎの扉》で戻っていった。見送った後、お師匠様は私の方を向き直って、なんだか改まった顔をされる。


「本当に……本当に、お人好しに育ったわね……」


 呆れられてる、だけではなさそうだった。何かを噛み締めてるような、泣くのを堪えているような、奇妙な表情。私の肩を抱いて、頭をくしゃくしゃに撫でられて。


「お師匠様……?」


「よくあれをそのままにせず、勝手に持ち帰らず、あたしを呼べたわね」


 まるでその目は、幼い子供を見るようだった。


「人間だったらもう、子供もいるような年ですよ」


「そんな風に言ってるうちは、魔女としては未熟ね」


 くすくす、といつものようにお師匠様が笑われた。きっとこんな顔をされるのは、私が二人目だからなのだろう。一人目のクロスステッチの魔女、彼女がどうなったのかはわからない。でも、聞いてもいい結果なんて返ってきやしないんだと、悟らされた。死んだ子の名前を次の子につけて、代わりにするような。きっとこれは、そういう行いなのだ。ううん、今まで、きっと、ずっと。


「……どうして、自分が好きで買って組んだはずの《ドール》を、売ったり捨てたりできるのでしょうか。ルイスはこんなにかわいいし、あの頭のパーツだって、きっとかわいい子になるでしょうに」


 瞳を入れて、ウィッグを被せて、首から下を用意して、服を着せてやれば。壊れてしまった子のための予備パーツとして作られたのかとも思ったけれど、それでも土に汚れさせながら捨てるのは、あってはならない行いだと思ってしまった。


「長くいるとね、飽きてしまうんですって。人によっては、刺激がないと渇いて苦しい日々を送ることになって……その時、長く一緒にいて魔女の思うように振る舞うからこそ、《ドール》は渇いた無聊を慰める刺激にはなれない。一般論の理由のひとつだけれどね。あんたのように悲しんで怒ってくれる人がいて、《ドール》達も幸せだろうよ……うちにおいで、ルイスを手入れしてあげるし、やり方も教えてやる。それから、お茶でも飲んでお行き」


「……はい、お師匠様」


 『一人目』の話は聞けないまま、私はお師匠様の後ろをついて箒で浮かび上がる。

 風に頬を撫でられても、胸の中の憂いが吹き飛ばされることはない。けれどこれをお師匠様やお姉様にぶつけないのは、学のない私が適切な言葉を知らないからだった。腹が立つ、わけではない。悲しい、だけではない。それらの鋳型に嵌めてしまえば他の意味は削ぎ落とされ、きっとお二人を傷つけるから。

 この世のどこかにある、相応しい言葉を手に入れるまで、聞かなかった。

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