第212話 クロスステッチの魔女、怪しい《ドール》の話を聞く
それは、何軒目の露店を見ている時だったか。他の髪型のウィッグをルイスにつけてる時、だったと思う。
「魅了の《ドール》?」
「そう。その美しさたるや、それまで愛していた自分の《ドール》を放り捨てたくなるほどだとか。どんな魔女にも自分の好みがあるのに、その《ドール》の美しさは普遍的だと言うのよ」
店員の魔女が、そんな噂話を教えてくれた。自分の《ドール》、自分が愛おしいように美しいように整えてきた子よりも、その新しい《ドール》を好きになる。それ自体は、まだ珍しいことではなかった。だから、《ドール》を複数持つ魔女がいるのだ。それでも、元の《ドール》を放り捨てたくなるというのは異常だった。それも、おそらく複数の魔女から。
「不思議な話ですね……誰からも好かれる、だなんて」
「《心縛り》の魔法の可能性もあるって話だから、若い魔女は気をつけるのよ。そちらの《外れ者》の子も、心を操る魔法には気をつけてね」
魔女は、美しいと思う心で魔法を使う。それは、どんな魔法の派閥でも変わらない真理だ。中央正統の魔女も、外れ者でも変わらない。魔女であれば、みんな魔法が使えるけれど……禁忌とされている魔法のひとつが、《心縛り》。『魔法で感情を無理矢理操作すること』だ。美しいと思わせるモノには、魔力がある。けれど《心縛り》は、その因果を逆転させるものだ。美しいモノだと心に無理に思わせて、そこから魔法を引き出す。その仕組みは──美しくなんてない。それに、心を縛る魔法が存在していたことが人間に知られてしまったら、魔女と共存ができている今の情勢が壊れてしまう可能性は高いのだ。その疑いが出る度に、《裁きの魔女》達が潰してきたのだとお師匠様が前に言っていた。魔女も、魔法も。
「心を、操る……そんなおぞましい魔法、最早、魔法ではないだろう」
それは呪いだ、と呟く“三番目の雛”の言葉に、私も頷いた。そんなものは、魔法と呼ばない──呪い、と呼ぶべきものだ。魔法に入れてしまってはいけない。
「でも、その《ドール》も気の毒ですね。自分がしたくてしているのであれば、そうなってしまったそれまでが」
「ルイスはそう思うの?」
私の問いかけに、ルイスはこくりと頷く。私が新しく買ってあげた金髪のウィッグを少し触りながら、俯きがちに話す彼の表情は見えなかった。
「僕達はたった一人、自らの持ち主であるマスター達に愛してもらえたら、それでいいのに。複数のマスターが欲しいだなんて、贅沢者です」
僕にはあなたがいればいい、と言われた気がした。
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