第209話 クロスステッチの魔女、自分の買い物を提案される
ルイスの服をいくつか買った後は、アワユキに似合うリボンを探して、これもいくつか買った。「ありがとー!」とご機嫌のアワユキは私の腕に巻きついて、道行く人達に自分のリボンを見せている。
どちらもある程度魔法がかかっているからと、相応の値段はしたけれど……後悔はなかつた。少なくとも今のところ、この夜が明けるまではきっと。お祭りの食べ物や安いものであれば、翌朝には魔法が溶けてしまうような相応の安物である可能性は高いらしい。裏を返せば、それなりに出せば、ちゃんとしたものが買えるのだ。
「ここで気に入ってくれた魔女が、夜市の後でまた買いに来ることだってあるわ。だから特に宣伝したい魔女は、店のところに連絡用の水晶の波を置いてるものだし。そんな時、粗悪品なんて掴まされたらどうなると思う?」
そう聞いてきたのは、グレイシアお姉様だった。私は少し考えて、「喧嘩ですか?」と回答する。商売のことなんてわからない私には、それしか浮かばなかった。
「我々はモノとモノとのやりとりに、そのような金属の塊をあまり使わない。《糸の女》達は忙しそうだ」
“三番目の雛”の率直な感想を聞きながら、グレイシアお姉様の答えを待つ。
「答えは、信用を失うわ。あの魔女は人を騙した、信用ならない。だから、そんな魔女の作る魔法は信用できない、と言われて、作ったものを買ってくれなくなる」
「……なるほど」
「とはいえ、お祭りの間だけ続く小さな魔法を作って売ること自体は咎められるものではないわ。ここのお店の『跳ねて光るウサギ』みたいな、《動き絵》の魔法があると、やっぱり見栄えもいいし。だから、相応に安い値段で売ってることが多いわ。安い代わりにその夜だけだったりするから、命に関わらなければ恨みっこなし、ということよ」
あの夢で会った老婆も、そういうものばかり売る人らしい。言われてふとカバンの中に手を入れてみると、確かにあの時カバンに捩じ込まれた革の袋の感触がある。夜が明ける前に、一人でこっそり試してみたいことがいくつか思い浮かんだ。グレイシアお姉様には内緒にしたいから、帰ってから試そう。
「そういえばマスターは、マスター自身の服を買わないんですか?」
話が切れた隙間で、ルイスにそう聞かれた。
「《糸の女》達は確かに、小さな人形の服を沢山売っている。でも、自分たちのはない。高くなければ、私も自分の服が欲しい」
あまり買い物をしてないと思っていたら、“三番目の雛”はそんなことを考えていたらしい。カバンからのルイスの目にも見つめられたけれど、自分の服と言われて困ってしまった。
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