第164話 クロスステッチの魔女、魔法の講義を受ける

「クロスステッチの魔女、あなたは結界とか作ったことある?」


「いえ、ありません。大きいものを作るのは苦手で……」


 ひとつ、ふたつ、とモチーフを刺していくうちに、私も勝手が掴めてきた。話す間に手が止まりかけることもなくなったけれど、グレイシアお姉様の手元で生まれているものほどは綺麗ではない、と内心で少しため息をつく。

 クロスステッチは、何を以て正確であり美しいとするか?と、昔、問題を出されたことがある。当時の私は答えられなかったけど、今ならわかる。変わりなく一定の力で糸を引くこと、一度決めた向きでバツ印を重ねていくこと、裏で長々と糸渡しをしないことで厚みを整えること。まだ私は、糸を引く力が時折変わりがちだ。今も少しずつ、大きさの違うバツ印を刺している。


「クロスステッチの魔女、結界もこれもあまり変わらないわよ。どちらもモチーフを繋ぐようにして作るもの」


「あと、私のところから盗まれるようなものもないかなぁと」


「お財布はあるじゃない」


 確かに、と言いながら、十個のモチーフの繋がった布をお姉様に見せた。ちなみに、お財布はいつも枕の下に隠しているので盗む人は私を起こさないといけない。倉庫だけは魔法で鍵をかけているし、家全体を覆う結界の必要性をあまり考えてはいなかった。


「用意しておくべきですかね?」


「今この家を覆っているのは、『訪問者は玄関からしか入れない』魔法の結界よ」


「それで、玄関に《ドール》達が行ったんですね」


 そうよ、と言って、話しながら私の刺繍を確認していたグレイシアお姉様が「よろしい、合格」と頷いてくれた。ありがたく完成した刺繍の糸を始末し、軽く腰に巻いてみる。……次からは、柔らかい布に刺した方が腰巻きとしてはいいかもしれない。こういったものは、やってみないとわからないものだ。


「まぁ、《裁きの魔女》達が捕縛しようとしているもの、備えは本当に念のためなんだけれどね。彼女達に捕まって刺青をされれば、痕は如何なる魔法でも消えることはない。《ターリアのくびき》のことだって、聞いているでしょう?」


「首のところにぐるりと黒い輪がある魔女、でしたよね。死よりも生き恥を晒させる方が相応しいとされた魔女への、かなり重い刑罰……」


「時間の流れと共に醜く老け込ませ、魔法を使おうとすれば首が千切れるように痛み、外す術はなく、何かしてしまえば即座に《氷茨の褥》行き。ここまでのことをされる魔女なんて、《一条破り》の罪人でもあまりいないけどね」


 あの時会った魔女は、魔法を使ってたように見えた。あれが本当に《くびき》を施されるほどの悪名高い魔女だとしたら、何もされなかったのは本当に幸運だったということかもしれない。

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